第11話 バイト生活

 今日は朝っぱらから少しもち米を混ぜた米を炊く。


 続飯そくいという糊を作るためだが、俺の祖父、祖父はその親から続飯用の米は朝に炊くという慣わしが受け継がれている。なので、早めに来て出勤にはせず、飯だけ炊いている。


 事務所はまだ開いておらず、作業場へ直行。裏口と作業場、住み込み用の部屋の鍵は渡されている。3箇所開くが1本の鍵だ。鍵もちょっと変わったというか、古風なデザインだ。


 炊飯器をセットして、使っていいと言われた部屋にパソコンを持ち込み大学の課題を進め、時間がきたら出勤するために事務所に行く。


「おはようございます」

「おはよう」

樒さんに挨拶をして、事務所のパソコンを立ち上げて勤怠チェック。


「午後から客が来る。神主とその娘の2人で、田中と同じく怪しげな依頼をよく持ち込んでくるが、今日はこのふだの受け取りだ。3時を予定しているが、距離があるので狂う可能性はある」

メールをチェックしていたのだろう、樒さんがモニタから顔を上げ、机の上の箱に指を触れる。


「わかりました」

ここに持ち込まれる怪しくない依頼ってなんだろう? あるのだろうか。そしてその札って、筆ペンのあれだろうか。あれですよね……。


 作業場に戻り、腕時計のアラームをセットする。作業に没頭すると、時間を忘れる。さて、作業開始といこう。


 柔らかめに炊き上がった米を板の上に乗せ、ヘラで練る。防虫のために刻みたばこの灰を少々。元は、蒸した米を練ったものを続飯、煮て作ったかゆを練ったものを姫糊と言ったらしい。


 小麦粉から作る糊より接着力は弱め、でも米のデンプンは植物デンプンの中で最も粒子が小さく、細かな凹凸に入り込むので、多孔質物――木への接着強度は木工用ボンドと同程度になる。


 昨日水につけておいた空木うつぎを割ったものを更に小さく刻み、木釘を作る。空木は白い卯の花が咲く木のことで、出来上がる木釘も白い。


 祖父の作業場で作り置いていた木釘も持ってきているが、手順と道具と道具の配置の確認がてら。木をいじれるのは嬉しい。


 全部ここでできるように揃えると、更に道具や機材が増えるのだが、俺の場合は出入りしている祖父の作業場で、素材をある程度扱いやすくして運び込める。俺も祖父の仕事を見ることができて勉強になるし。


 ――樒さんはもっと簡単な『箱』でいいのだろうけど。


 そう思うと、本格的に全部設備を揃えることは躊躇われる。ついでに長く使える道具として丁寧な仕事をしている祖父に、壊すための箱だとは伝えられない。せめて、もろいのではなく繊細な箱にしたい。


 それは別として、金を稼ぎたいな。樒さんの話を聞くと、一定以上稼ぐと社会保険や税金がかかる上に、親の扶養から抜けてしまうので、親側の税金控除が60万ほどなくなるという。授業を受けながら、果たしてそれを補うほど稼げるのか。


 ――仕事を増やして、なんで貰える金が減るのか謎なんだが。ネットで自分でも調べて、仕組みはなんとなく分かったが、納得するのは難しい。


 学費は奨学金を申し込んだ。前期はもう支払い済みだったが、後期と来年度の学費は自分で払う。


 というか、学費1年分ですでに扶養から抜ける上限の金額に達してる気がするんだが。自分で払う段になって、初めて知る金額。いや、受験する前に書類は見た気がするが、まったく気にしてなかったが正しいか。父さん、母さん、ごめん。


 奨学金に利子はつかないので、就職したらさっさと返せるよう貯金をしたいんだが、一人暮らしの費用を考えるとなかなか難しい。


「手間がかかるものだな」

「ここでは一からですから。手間は確かにかかりますが、考え事をするにはちょうどいいですよ。――昼ですね、ちょっと待ってください」


 話しかけられるまで、樒さんが入ってきたことも気づかなかった。


 本日の昼は焼きおにぎり、鰹節と胡麻をたっぷり入れた飯に醤油を掛け回して混ぜたものを焼くだけに準備してある。よく熱した魚焼き器に放り込む。ノーマルと片方はチーズ入り。


 鶏ごぼうと漬物、竹の子の土佐煮、ざっくりつぶしたゆで卵を和えたポテトサラダを盛り付ける。ポテトサラダには居酒屋バイトのくせで、黒胡椒をたっぷりかける。焼きおにぎりに焦げ目ができるまでの間に、アスパラの肉巻きを作る。


 鶏ごぼうと漬物は、祖父宅に行った時に叔母さんにもらった。毎回1人ではちょっと食べきれない量を持たされる。


 俺の体がでかいせいか、一人暮らしのせいか、どうもいつも腹をすかせていると思われている気がする。


 叔母さんが作る料理、高校の頃は年寄りくさいメニューだと、そのまま母親に渡して俺は食べないこともあったのだが、高校を出て弁当を持ってゆくこともなくなり、あれこれ言うヤツがいなくなったら好きな味だと気づいた。


 自分の嗜好さえ周囲に流されるのか俺は、と、衝撃を受けるとともに、反省した事件だ。それ以来、好きな料理は素直に喜んで作り手を賞賛することにしている。


「では、本格的に住み込め」

「いいんですか?」

金を貯める方法の相談をしたら、あっさり言われた。


 家賃、光熱水費なし、昼の賄い――作るのは俺だが――付き。


「人を呼ばないこと、ゴミを溜めないこと、ペット、楽器、騒音は禁止。時々夜中に走り込んでくる馬鹿がいるので、その対応。外で何をしようがかまわんが、敷地内で生活態度が悪ければ追い出す」


「夜中に走り込んでくる馬鹿……?」

「田中と双子と、これからくる親子のいずれかだな」

 

 切羽詰まった急ぎの依頼のことか! 切羽詰まってるってことは危ないやつ!

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