第2話 面接その2

 持ってきた自作の箱を差し出し、用意されていた椅子に座る。長く白い指が俺の作った箱の上を滑る。


 もしかしてこの箱は、アレを封じ込めるために使われる箱……か? そしてあの踏み潰された箱も? 


もっと丈夫に作ったものを持ち込んだ方がよかったか? いや、踏み潰しやすく薄いほうが? 少なくとももっと丁寧にやすりをかけて仕上げたものを持ってくるべきだった。


 このまま使うのではなく当然なにか施すのだとは思うが、本当になんの能力もない俺の作った木箱でいいのか不安になる。


 採用されたら、それなりの場所でそれなりの処置をされた素材で作ることになるのだろうか。


「見た目は荒いが、きちんと嵌る。蓋が本体に吸い付くようだ。さて、当方の仕事は怪力乱神を語る、思い込みの激しいやからを正気に戻す仕事だ。正気に戻す過程で、偽りを述べることもあるのを理解してもらいたい」


 「怪」は「怪異」のこと、異様なものごと。

 「力」は「勇力・怪力」であり、異常な技や怪力。

 「乱」は「悖乱・変乱」であり、正道にもとる行い。

 「神」は「鬼神」のこと、超自然的な存在。


 家族がああなった時に、大学の図書館で色々読んで詰め込んだ。全く役に立たなかった上、理解どころかきちんと覚えていることは少ないが、言われれば多少思い出す。


 樒さんは「思い込みが激しい」と言うが、アレは絶対違う。俺と俺の家族が集団幻覚を見たわけでは決してない。もしそうなら、家族を狙って薬物か何かを投与されたことを疑うレベルだ。


「いやいやいや」

「そういうところもありますが、この人に持ち込まれるのは本物ですよ」

「騙されるな青少年、確実に怖い目に合うぞ」


 割れた箱を回収していた二人が言う。


「黙れ、うちの会社の面接だ。――ない事をあると思い込んで、何故か私に解決を求めてくるのでね。私は嘘ではないが思い違わせる言葉を選ぶ、思い違いをそのままにする」

樒さんが二人を一瞥し、俺に視線を戻して続ける。


「恐れや恐怖に憑かれた人間は思い込みも激しくなる、君は黙っているだけでいい。思い違いを糺したくなるかもしれんが、心の安寧をもたらすことに変わりはないと割り切ってくれ」


 本物なのは知っている。


 当の樒さんから幻覚のように言われると、少々揺らぐものがあるが。なんでこんなインチキ前提で話してくるんだこの人。


「はい」

色々飲み込んで返事をする。


 人手を確保するためにあまり怖がられないようにしているのか? 確かにアレに何度も遭遇するのは、遠慮どころか全力で逃げ出したいが、隠したところで現場で心構えもなくアレに遭うことになるだけでは?


 樒さんは俺を覚えていないようだ。まあ、当時の俺はやつれて人相が変わり、友人からもギョッとされ別人のようだと言われていた上、会った場所じっかは二つ隣の市。気づかれなくても仕方がない。


 さて、助けられたことを告げてお礼を言うべきか。いや、この話の流れでいい出すのはさすがにバツが悪い。後にしよう。


「私は樒という。法人化しているが、社員は私一人だ。時々胡散臭い格好をした胡散臭い個人事業主と一緒に仕事をこなすこともある」

視線は俺に固定したまま、どう考えても二人を揶揄やゆしている。


「胡散臭い、言うな!」

「樒さん……」

一人は文句を言い、一人は困ったように口ごもる。


 似合ってはいるが、二人の格好は確かに一般的な服装ではない。胡散臭いと言うより、先ほども思ったが舞台衣装かコスプレ。


 対する樒さんは、みつ揃えのスーツ。格好は普通でも、こちらも舞台から抜け出してきたようだ。


「ああ、もう! 俺は清水海シミズカイ、こっちは双子のシズク。カイでいい」

腕まくりしたほうが苛立った顔から笑顔全開に変わり、カイと名乗る。


「僕もシズクで構いません。兄弟で祓い屋をやっています。僕たちに持ち込まれる依頼には、確かに思い込みのものもありますが、彼に持ち込まれる依頼は本物ですよ」

静かに笑ってシズク。


「なにせ同業者が手に負えなくなったものばっかりだしな」

にやっと笑うカイ。


 ああ、やはり樒さんは本物。そして別格。


「ほかに週に3度ほど、他の雑用バイトが入る。――こちらに大まかな条件が書き出してある、細かな条件やそちらの要望については都度協議する。更新については半年毎。事務所で余計なことを話さないこと、絡まれたら曖昧に笑って助手なのでと流せ」

双子をスルーして樒さん。


 挨拶以外ほとんど言葉を発していないのにあっさり決まった。俺


 あとは黙って書類に目を通し、契約条項の確認のためのチェックリストにチェックを入れて、同意のサイン。契約のサイン。


 一週間後から新しいバイトが始まる。

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