第3話 初日

 バイト初日。


 場所はターミナル駅から5つ先、駅から少し歩いた家と家の間に狭い畑が時々混じる住宅街。ターミナル駅の3つ先に大学があって、俺もそこに住んでいるので、近いと言うほどではないが遠くはない。


 この半端な時期の大学周辺のバイト募集は少なく、大きな駅周辺で探すしかないと思っていたところなので、むしろ願ったりの距離だ。


 周囲の住宅と比べると少し塀が高いようだが、違和感なく溶け込んでいる日本家屋。周囲の家も庭に大きな木がある、邸宅や屋敷と呼んでも許されるが、同時に時代に取り残された年季と田舎っぽさも感じる雰囲気だ。


 入り口にあるのは樒の表札のみ。事務所らしさは全くないが、祓い屋ならば近代的なビルよりはらしい。


「はーい。開いてるのでどうぞ」

インターホンを押すと、予想外に若い女性の声。


 玄関に向かうと声の主の女性が出迎えてくれ、部屋に案内される。


「ありがとうございます」

俺と同じくらいの歳の可愛らしい女性がお茶を淹れてくれた。


 事務所の先輩になるのだろうか? 一緒に働けるならちょっとそれだけで嬉しい感じがする。


 部屋はレトロだが手は入っているらしく、整えられている。白い漆喰の壁に、焦茶色の腰板のついた洋室。木の大きな格子のついた窓は、位置が一般より低めなせいか外が近く感じ、開放感がある。


 応接セットの他に窓を背にしてデスク、こちらも木製で重厚。


「いいえ。兄をこれからよろしくお願いします」

「そこは仕事をだろう」

ペコリと頭を下げる女性に、不機嫌そうに樒さんが言う。


 どうやらこの女性は樒さんの妹のようだ。自宅が事務所で、社員――いや、樒さん一人で、雑用バイトがと言っていたので、妹さんに手伝ってもらっているんだな。


「本当に住み込みの助手さんを雇ったとは思わなかった」

住み込み? 妹さんの言葉が引っかかるが、事務所で余計なことは話すなと言われていることを思い出し、黙っている。


「転がり込まれるのはごめんだ。――失礼、これは樒愛華あいか、妹だが事務所の雑用バイトだ。君はバイトとはいえ助手という名目で、愛華より立場は上になる。バイトの日がかち合う時は、こき使ってくれて構わない」


「へへ。愛華です、よろしくお願いします」

「佐伯至です、よろしくお願いします」

笑う愛華さんと頭を下げあう。


「私はそろそろ授業だから。今日はこれで」

やはり愛華さんは大学生らしく、挨拶だけで今日は終了した。


「仕事の説明をしよう」

「はい」

「まずこの部屋は応接室、客を通す部屋だ。依頼を直接受けることはなく、大抵坊主や神主の仲介が入る。出入りするのは依頼人よりその仲介者と、付き合いのある同業者くらいだ」


 俺は立ち会わなかったが、アレの対応を頼んだ時の初めての顔合わせは、頼った寺の一室だったと聞いている。樒さんは知る人ぞ知る、な方なのだろう。


 それに面接が市営の会議室だったことを考えると、他人にはあまりテリトリーに入られたくないのかもしれない。


「仕事の項目にあった来訪者の対応というのは、愛華さんと交代でお茶だしとかでしょうか? それとも記録を取るとか?」


「まあそれも含まれるが……」

微妙な反応で目を逸らす。


「内情を打ち明けると、他人を雇って会社としての体裁を少し整えたかった。実際、手が欲しいのも確かなのだが、箱の提供の他は具体的に何をというのを決めかねている」

樒さんがお茶を一口飲んだ後、口を開いた。


「個人経営ですと仕事が雑多になるとは聞きます、その都度ふっていただければ」

公私の別も曖昧に、夕食の買い出しに行かされたりするとぼやいていたバイト仲間もいる。


 事務職や技術職での募集ならともかく、元々「助手」という言葉に雑用係の要素を思い浮かべていたので、特に抵抗はない。私用は断ってもいいのだろうが、バイト代もそれを含めて高めな設定なのかと思っていた。


「ところで住み込みというのは?」

「ああ、君が黙っていてくれて助かった。本来なら、今日は愛華は授業でいる予定はなかったのだが、顔を出したので説明できずにいた」

「いえ、それも条件に記載されていたので」

どうやら沈黙は正解だったらしい。 


「――どうも愛華も姉も、実家を出てここに転がりこもうとしている気配がしてな」

「はあ……」

「愛華はともかく、姉は譲歩するとつけあがる。実際、愛華のバイトを許したら、役員待遇での仕事を要求してきた。むろんきっぱり断ったが、入り込まれたら邪魔でかなわん」


 どうやら防ぎたいのは愛華さんではなく姉の方のようだ。愛華さんに許すと、姉がそれ以上を要求してくるらしい。


「実際住み込む必要はないが、通いだということは明言しないでおいてほしい」

「俺は住み込んでいるフリをすればいい?」

「そうだ。流石に知らぬ男がいる家に転がり込むのは、両親が止める。――どうも私一人でやっていると、家族も周囲も「会社」だと思えないようでな」


 どうやらご家族は今まで姉妹の行動を諌めずにいたらしい。そして俺が雇われたのは、家族の介入を防ぐため、会社としての体裁を全面に出して、私的なものから公のものに、周囲の考えを変えることが要件のようだ。


 ――株式会社シキミ。


 名目だけの助手にならないよう、頑張ろう。


 それにしても、樒さんから家族の話が出ることに違和感を覚える。特にあの封印する姿が焼き付いている身としては、どうしても浮世離れした孤高の印象を持ってしまう。


「隣はコピー機と書類棚がある。会計資料、主に税金関係で使う。処理してほしい書類ができた時に改めて教えるが、10年経ったらさっさと廃棄するよう、年ごとに分けて保存をする」


 ……そこは過去の事件の資料とかではないのか? 税金?

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