第4話 作業場

 樒さんに従って廊下を歩く。案内されたのは作業場――その前に個室。


「ここは泊まり込み用の部屋だ。最低限の家具は入れてあるが、持ち込みは自由、人を招くのは無しだ」


 ベッドとTVが入れられた狭いがモダンな洋間――ユニットバスがついてホテルの一室のようだ。多分新しく整えたのだろう、家と同じくレトロな雰囲気ではあるが、壁紙も設備もみな新しい。窓はよく見ると二重窓だし、コンセントはもちろんネットの回線もある。


 レトロな雰囲気は最初の部屋と同じ腰板と天井の焦茶色、木枠の窓と家具――ベッドと机のせいだろう。壁にかけられたTVが雰囲気から浮いている。まあ、PCを持ち込むことになるだろうし、ここで過ごすようになれば俺がさらに雰囲気を壊すことは請け合いだ。


「ネットは有線、設定に必要なことはそこの引き出しに入っている。不便かもしれんが、無線は持ち込むな」


 無線が禁止なのは、祓いに電波が影響を与えるとかだろうか。


「君が空き時間に何に使おうと構わんが、愛華を含めて設定を人に教えることは禁止だ」


 ……姉妹の長居禁止だろうか。


 愛華さんはとても可愛らしいのだが、兄からみると鬱陶しいのか? それとも俺が見た愛華さんは外面というやつだろうか。


「シーツはクロゼットに換えの一式が入っている。リネン類と作業着はまとめてクリーニングに出す。作業着は2着購入分は領収書を私に。シーツやタオルなどの買い足し、私的に使うものは、ここに置くものでも君の金で贖うこと」

「はい」

シーツの類もクリーニングに出すのか、贅沢な気がするが懇意の業者でもいるのかもしれない。


 ここはトイレ、トイレットペーパーやティッシュの在庫、清掃用具はここ。進みながら扉を開けて中を確認してゆく。


「こちらは作業場になる」


 並んだ引き戸を開けると、窓に囲まれた明るい板の間。南側は窓というより、床までのガラス戸だ。部屋にあるのは机と棚と薪ストーブ、作業台だけでがらんとしている。


 机には隅に文箱、中央にはフェルトのような下敷きがあり隣には硯が置いてある。棚には当面使うらしき箱が並び、無骨な作業台の上には木の幹の輪切りのようなものが据えられ、破壊された箱と、破壊に使ったらしき斧がある。


 いや、待て。


「作業場については私も半分使う。必要な物は揃えて、領収書を回してくれ。バイトを辞める時は、会社の備品になるのでそのつもりで」


 面接日に踏み潰していた箱が思い浮かぶ。あの時いた二人はなんと言っていた?


 「抑えるの限界」、「お代はこれだけ払えます」――


 封じた後の消除……、除霊と理解していたのだけれど、もしかして物理なのか? 物理的破壊が消除? それでいいのか?


「音が大きくなる作業は19時以降は慎んでくれ。この辺りは庭も広めで、ここの隣は畑だが、思いのほか響くこともある」

「はい」


 頭の中を疑問が渦巻くが、とりあえず返事をする。

 

台所ここも自由に使って構わない」

入って来たものとは別の引き戸が開きっぱなしになっており、中を覗くと台所。


「本当にここで生活できそうですね」

立派な冷蔵庫もあった。


「そう見えるよう整えたからな。これが離れ側のマスターだ、門扉や事務所もこれで開く。離れ側には自由に出入りしてくれて構わない」


 樒さんから鍵を受け取り、キーホルダーにつける。自分の部屋の鍵、実家の鍵、この場所の鍵、3本の鍵が音を立てる。


「予備の鍵はあるが、基本個室に勝手に入ることはしない。愛華は鍵は持っておらんし、入らないよう釘も刺しておいた」


 ……勝手に入ってくる系なのか愛華さん。うたた寝を優しく起こされたりしてみたいが、冷静に考えると勝手に入られるのはダメだな。


 樒さんからびしばしに愛華さんへの警戒を感じるせいか、あの愛くるしい笑顔を浮かべつつも、うっかり冷静になる。


「当面は、木箱作成のための環境の準備、そのマスターで開く範囲の掃除を頼む。薪ストーブの灰はまとめておくと、植木屋が庭の手入れの時に使う。庭に物置があるから袋に入れてその中に入れておいてくれ」


 箱は、棚が半分空く前に補充すること。棚は今、空間が一つ空いているだけで、いっぱいだ。手に乗るような小さな木箱、白木の箱、塗り箱、茶碗を納めるような四角いもの、掛け軸を納めるような細長いもの。並ぶ箱に統一性はない。


「どんな箱がいいですか?」

「頑丈そうなもの、優美なもの。依頼人の性格で使う箱を変える、適当に色々な種類を」

そこは封じる対象でじゃないのか?


「俺は漆は扱えません」

「構わん、封じるには白木の箱が最適だとかなんとか適当な説明をつける」


 樒さん。お願いですから、俺にも少し取り繕ってくれ。


 何かを購入する場合、十万以上は見積もりを取ること。基本請求書払いだが、無理な場合は立て替えではなく事前に現金を準備すること、現金払いは必ず領収書を受け取ることの念押し――。


 それにしてもおかしい。


 俺の思い描いていた祓い屋と違う。いや、インチキだったらこんなものなのだろうが、樒さんは本物だろう? 何故だ。

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