第5話 整える

 一通りの説明を聞いて、作業場の準備にかかる。


「ここの角でいいですか? 木材も置くので、それなりの広さを使うことになりますが」

「もちろん」


 了承をもらい、メジャーを借りて壁のサイズを測る。作業は床に座ってする事になるので、この辺りに板をいくつか渡して鉋などの道具を引っ掛けるつもりだ。家が傷つかないよう、釘を使わずはめ込むつもりでいるので、細かくメモをとる。


 それに小物を入れるための小引出し。板間は尻が痛いので畳がほしい、せめて半畳。


「買い物に行きますが、指定の店とかはありますか?」

「特にないが、客が覗くことも想定して、目に付く場所にプラスチック製品は避けて欲しい。割高になってもかまわない」

「分かりました」


 目につかなければいいのか……。徹底していると言うかなんと言うか。でも、事務所や作業場のクラシカルな雰囲気は俺も好きな部類なので、その雰囲気を壊さないよう揃えることに金が出るなら否やはない。


「免許は持っていたな?」

「はい」

一応履歴には書いた。書いたと言うか、以前のバイトで出した履歴書の使い回しだ。


「ペーパーでないなら社用車を使って構わない。ただし、運転記録は取るように」


 資料室にあるパソコンのパスワードを教わった! 運転記録簿の付け方を教わった! ――なんというか、本当に俺の祓い屋のイメージから遠い……。


 社用車は特に社名が入っているわけでなく、普通の車だった。


 可能ならば、祖父に道具や木の仕入れ先を紹介してもらうつもりで、連絡を入れて祖父の仕事場を訪る。


 祖父の家は一人暮らしする俺と同じ市内の外れ。事務所にゆくのと同じ路線で、事務所からの方がやや近い。が、駅からさらにバスを乗り継ぐことになるため、正直車を使えるのはありがたい、車の方が断然早く着く。


 昔は同居していたのだが、叔父が幼馴染と遅い結婚をしたのを機会に、俺たち家族は別居して便利な場所に引っ越した。


 祖父の仕事の手があくのを待っている間、俺の遊んでいいスペースで、木をいじる。前回来た時作った部品を持ち出し、確かめる。


 細々したものを入れる引き出しは自作すればいいか。簡単なものでも、その辺に売っているものよりはマシに作れる。俺が仕事で使うものなら、デザインセンスを問われることはないし、使いやすいものができる。


 ただ、あまり準備に時間をかけるのもなんだし、依頼された箱をつくりつつ整えていく感じでいこう。しばらくは、ここに置いてある無駄に作った木箱を持ち帰って、仮の入れ物にしとこう。


 木を荒く削る鉋、薄く削る2枚刃の鉋、小口を削る鉋。鉋だけでも最低3種類、力を入れても動かない分厚い桜材の作業台、その上で使う直角を出す台、木の合わせを四十五度に削るための台。


 毛引けびきはまた自作するか。ああ、木釘も作っておかないと。手は木を組みながら、頭の中では使う道具の確認をする。


 祖父から声をかけられるまで、うっかり没頭した。


「道具屋を? この仕事は大変な割に金にならんぞ。でも、本格的にこの道に進むなら、ここで修行すればいい」

祖父が言う。


 同居の叔父は差物師を継ぐつもりはなく、普通の勤め人。むしろお嫁に来てくれた叔母さんの方が、材木店の娘さんで祖父の仕事に詳しい。


 祖父は俺に後を継いで欲しい気持ちと、苦労をさせたくない気持ちで揺れ動いている。揺れ動くのは祖父が優柔不断なわけではなく、俺の覚悟が決まっていないせいだ。


「ごめん、差物師になる覚悟はできてない。でも、バイトだけど箱を作るのを頼まれて、道具も自分のものを揃えていいと言われた。大学を続けながら、木もいじってみるよ。作っては壊しになると思うけどね」


 壊す前提で作るとはとても言えないので、嘘はついていないけれど耳あたりのいい言葉を並べた。


「――おう、孫が行くから一式選ばしてやってくれ」


 少々後ろめたく思いながら祖父が電話をかけてくれるのを眺める。俺も祖父の遣いで何度か通っているので、店自体は知っている。


 祖父の孫として親しくもしてもらっているし、一般にももちろん販売してくれるが、話さずにいて後から祖父に伝わるのも罰が悪い。


「ありがとう。作っていて、行き詰まったら教えてくれる?」

「お前の場合は仕上げまでちゃんとしろ。まあ、気が向いたらここにも作業をしにこい」

「ああ、また来る」


 話を通してもらった店に行き、少々の世間話をしながら選び、見積もりをもらう。数軒回って事務所にもどると、来客がいた。


「もう少しまけられない? 今回、話を持ってきたのけてもらったことがある相手なんだよ」

「断る。相手によって値引きするつもりはない」

「そう言うと思った。じゃあ封印後、預かり消除の値段で頼む」

「私が封印した後、依頼主が不安だと言うならお前が預かればいいんじゃないか?」

「うっかり封印解いちゃったら怖いだろ!」


 隣の資料室に声が漏れ聞こえてくる。資料室には裏口から給湯室を通って入る、事務所の玄関は基本使わない。


 さて、来客に茶を出すべきか? 給湯室に茶の準備をした痕跡はなかったので、出ていないと思うのだが、このタイミングで顔を出していいのかわからない。


 とりあえず運転記録をつけとくか。


 来客は仕事を持ってきた中継ぎのひとらしい。面接でも、直接ではなく同業者や寺から依頼がくると言っていたので、樒さんをよく知る人なのだろう。


 そうか、うん。やっぱり実家で封印してもらった時のあの箱、封印解けるとヤバいんだ。当然のように置いていかれそうになったけど、うん。


 そういう契約で金額ではあったけど、もう少し、もう少し手元に置いておくのはお勧めしないとか、危険性を説明して欲しかった。


 

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