第1話 バイトの面接

 本日はバイトの面接日。


 特に服装の規定はない。どんな格好が妥当なのか見当がつかなかったため、スラックスに白のVネックシャツ、ジャケットという格好で来た。手には自作の木箱。


 職種は祓い屋の助手。やることは木箱の作成、掃除、来訪者の対応、時間があるようならば現場での雑用全般。週に一度ほどの泊まり込みがあるため、男性のみ募集――。


 木箱作成というのがよく分からないが、これは俺の手慰みでもある。そして作ったはいいが、いつも出来上がったものの扱いに困っている。


 出来上がった箱一つにつき支払いがあり、祓いの現場に出ると出張手当がつく、それが結構いい金になる。


 文末に※がついていて、「心霊現象のようなものはありません、当方は物理的に処理するのみです。」との一文が入っている、祓い屋としてはなんともいえない募集案内だった。


 家で怪異があり、祓い屋の人に解決してもらってひと月。ようやく生活が落ち着いてきたところで、家になにがしかの金を入れるためバイトをすることにした。親には要らないと言われているけど、小遣い稼ぎからせめて学費稼ぎ程度には。


 最初の二年で単位は取れるだけとったため、幸い時間はある。もともと残りの二年は遊ぶつもりでいたのだが、祓い屋に両親が払った金額を見て気が変わった。


 元々授業の負担にならない程度にバイトは入れていたが、あのゴタゴタがあって、シフトで迷惑をかけたため辞めてしまっている。


 そして、たまたま目にした割の良さそうなアルバイトの募集、条件は蓋つきの木箱が作れること、依頼人に挨拶・伝達以外の口を聞かないこと。

 ――後者は要するにインチキだとばらすな、ということだろうか。


 アレを体験する前だったら、祓い屋なんて怪しいバイトは候補から早々に弾いていただろう。


 心霊現象は怖い。それはもう、実家でのアレコレのせいで身に染みた。だが、気力が戻ってくると、腹が立ってきた。アレにも無力だった自分自身にも。


 腹が立っていたところに、このバイト募集を見てつい応募してしまった。冷静に考えれば、俺はインチキな祓い屋ではなく、本物から学びたかったのだが。


 樒紫月、アレを前にまったく表情を変えず何の動揺もみせず、淀みなく箱に封じてみせた男。おどろおどろしい背景の中、黒髪と黒いコート、白皙の顔と指が切り取ったように印象に残る。


 アレのことは今でも恐ろしいと思うが、すぐに封じているそのシーンと封じ終えた箱を閉める祓い屋の後ろ、窓枠越しの青い空で上書きされる。


 俺が求めたのは本物のほう。――怪しすぎる詐欺の片棒を担ぐような内容だったら、辞退しよう。


 指定された会議室の扉の前、時間を確認する。胡散臭さを相殺でもしようと思っているのか、面接場所は市営施設の貸し会議室。


「頼むよ、ほんと」

「埋め合わせはいたしますので……」


 中に複数人いるようだ。しかも漏れ聞こえる声がなんともプライベートっぽい。


 目についた募集に飛びついてしまったが、ここは断って由緒正しそうな祓い屋を探すべきか。あんなことがある前まで、祓い屋なんて胡散臭い職業に興味など全然なかったせいか、通える範囲にあるかどうかわからないが。……本末転倒している。俺は金を稼ぐためにバイトを増やすんだ。


 どうも俺は化け物ではなく、祓うあの姿に魅入られたらしい――。


 時間なのでノックをし、声をかける。


「ここには面接にきとるんだ、帰れ」

「頼む、抑えるの限界なんだって! 踏むだけだろ、頼むよ!」

「お代はこれだけ払えます」

「……仕方がないな」


 ……やっぱり違うバイトにしようか。もう断るつもりで、先ほどより大きめの声をかけ、ドアを開く。


 ドアを開く音と、バキッという音が重なる。空気が揺れ、一瞬の目眩。


「あ」

「あ」


 神父服のような黒い詰襟の裾の長い服を着た二人と目が合う。


 正面には箱を踏みつけ、踏み砕いているあの祓い屋――樒紫月。


「……君が面接希望の佐伯さえき君か」

何事もなかったように箱の残骸から足を退け――ご丁寧に段ボールが敷いてある――こちらに向き直る樒。


「あ、はい。佐伯いたるです」

なんともシュールな光景なのに一瞬見惚れた。


「応募してきたということは箱が作れる?」

「はい、祖父が小物の指物師さしものしで、俺――自分も外見を問題にしないならば作れます」

色々想定外でテンパった。


 俺が木箱作りを手慰みにしているのは祖父の影響だ。祖父の手仕事を眺めること、祖父の作品は好きだがその道に進む気はない。


 俺は自分が作った物には興味が薄い。というか、出来上がったものはどうでもいい。俺が好きなのは工程だ。


 木を組むのが好きで、仕上げのやすりかけや加工は好きではない。あの木と木がピッタリ合う瞬間が好きなのだ。


 そして一番大きな理由は、それで生計を立てられるほど売れると思えないこと。なかなか世知辛い。


「さしものしってなんだ?」

「障子の枠や、箪笥、文箱などを作る職人の方ですよ。大物は箪笥や机、小物が文箱などでしょう」

神父服もどきの二人が言い合う。


 一人はきっちり着こなし少し線の細い美形の男、一人はボタンを一つ二つ留ずに襟を開き腕捲りしている顔いっぱいに表情の出る少年っぽい男。コスプレのような格好だが、よく似合っていて違和感がない。


 雰囲気がだいぶ違うが、よく見れば顔が似ている。兄弟か何かだろうか?


「見せてもらおう。外野がいるが気にせずに頼む、座りたまえ」

「はい、失礼します」


 気にするなと言われても戸惑うんだが、予定外の二人より目の前の樒さんが気になりすぎてそれどころではない。


 誰だインチキだなんて思ったのは! ――俺だ!


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