現実主義者の祓い屋稼業

じゃがバター

第0話 出会い

 ガタガタと音を立てていた箱が静かになる。


「完了した。消除しょうじょではなく、封印をとのこと。契約通りこちらはこのまま置いてゆく」


「えっ!」

 箱を前に、コート姿の祓い師が淡々と告げた言葉に思わず声を上げる。


「こちらが後金の請求書。期日までに振込を」

 俺をちらりと見て、すぐに顔を戻し父母に書類を渡す。


「あ、あの。この箱を持ち帰って頂くわけには……」

 母と顔を見合わせ、おずおずと申し出る父。


 俺もあの悪意の塊のような存在を目視した後、それを封じ込めた箱を手元に置きたいとは思わない。


 廃墟巡りが趣味の弟が、どこかから変なモノを拾ってきてふた月。始めは気配、次に掃除したはずの場所に土や水滴。目の端の暗がりに目、机の下やテレビの後ろ、普段目をやらない場所に異形のモノ。


 最初に目撃し、遭遇頻度が高かったのも弟だが、そのうち家族も見るようになり、その現象は野外でまで起こるようになった。


 顔を合わせた血族に移っていくのか、心配して実家に戻った一人暮らしをする学生の俺にも、同じ現象が現れ始めた。それは一人暮らしの部屋に戻ってからも続く。


 見るたびに何かが削られていく。気のせいだと思っても、負けまいと思っても、何かが奪われてゆく。自分はもっと強いと思っていたけど、そういう問題じゃなかった。対抗する気力そのものが削られる。


 一ヵ月経つうちに家族全員目の下が落ちくぼみ、黒い隈が出た。大学でもバイト先でも帰れと言われる始末。今思うと、具合が悪そうに見えることもあるが、明らかに異常な、関わりたくない雰囲気を出していたんだと思う。


 その時点で寺で祈祷をしてもらった。効かなかった。神社でお祓いを受けた。効かなかった。


 そうこうしているうち、弟が倒れ、藁にも縋る思いで紹介された祓い屋に依頼した。依頼料は高額で、消除――この世界から消すこと――と、封印では金額が一桁違った。


 ここで作った生活の基盤をすべて捨てて、いっそ新天地へという話も出たが、そもそもコレは弟が外で拾ってきたモノ。ついてこないと補償はなく、迷った末に半信半疑で祓い屋を頼んだのだが、仕事は確かだった。


 どんよりと湿ったような家の空気が無くなり、どこか薄暗かった部屋が明るい。何よりまとわりつく空気さえ重く煩わしく感じていた体が軽い。


 新たに家を買うよりは安いのだが……家族四人分だと思えば、思い切れない金額でもない。家に金を入れるため、俺もバイトを始めよう。


「契約の変更は可能だが、途中で変えた場合は最初からそう依頼していた場合より高くつくぞ。説明済みだと思うが――札をはがさねば、ただの箱だ。寺にでも預かってもらったらどうだ」


 アレが入っていると分かっていてただの箱と思えというのか。何かのはずみで札がはがれれば、またアレが出てくるというのに?


 カタリ。


 箱が動いた気がした。


「はい、お金、お金は用意します!」

 母が焦ったように言い募る。


「……」

 疑わし気に眉根を寄せる祓い屋の男。


 確か、樒紫月しきみ・しげつと、いかにも芸名、もしくは偽名を名乗った。白い肌に黒ずくめの服、女には見えないが美しい容貌。樒紫月という名が似合っている。


「ではこうしよう。これは私が預り、暇ができた時に他のものと一緒に処分する。代金は消除と封印の平均で」

もし、封印が破れてこちらに迷惑が及んだ場合、今度は無料で消除する、と続いた。


「それでお願いします」

両親がほっとした顔で答える。

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