第9話 ――こいつは生かしておいてはいけない

 


 ――ギイイィ



 重たい音を響かせながら扉は開く。


「なっ!?」


 アレクが驚いた声を上げた。

 王の間には五十人余りの兵が控えていたのだ。



 うん。気持ちはすごいわかる。

 そんながちがちに守り固めるってずるくない?


 オレは思わず半目になった。



「よく来た忌むべきもの達よ」


 しわがれた声がする。


 見上げれば王座であろう場所に足を組んだ老人が座っていた。


 ――あれが現カノン王、ゼノン。



 聞いていたような小さいオッサン……ではないな。

 当たり前だが。


 いかつい老将といった感じだ。



 現役時代であればいかにも戦で活躍しそうな、衰えて尚も力強さを感じさせる男だ。




 オレは静かに唇を開いた。



「君がゼノン?」

「いかにも。そなたが死神だな。……いや『沈黙サイレント暗殺者キラー』と言った方がいいか?」

「わお。そんなことまで調べたんだ」


 どうやらオレのことは調べつくしたようだ。

 ストーカーかよ気分悪い。



「ふふ。一応聞くが我が軍門に下る気はないか?」

「嫌でーす」


 何というかこいつは生理的に受け付けない。

 オレは少しも考えることなく断る。


「……そうか。残念だ」


 それが合図だったのだろう。

 兵士たちが一斉に武器を構えた。


「ならば死んでもらうしかあるまい。我が力にならぬのなら邪魔でしかないからな」


 ゼノンは醜悪な笑みを向けてくる。


 オレとアレクも武器を構える。


「おあいにく様だけど、殺されてやる気も従う気も一切ないんだよね」


 オレの影から紫色のモヤが溢れる。


「『来たれ』」


 一斉に召喚した。


 最終決戦が始まったのだ。





 父さんも母さんも、華麗な舞を舞うかのように攻撃を繰り出す。


 ――ギイン!!


 斬撃が飛び、扇の刃で敵兵が切り裂かれた。


 ――ドスッ


 アグニルは大きくなった角で何人もの兵を串刺しにし、キナコは兵の体を噛み千切る。


 第三級になったキョンシーたちは強い。

 それに加え、死体の弱点でもあった鈍足さもなくなっている。


 そんなキョンシーたちの間を駆け抜けていくアレク。

 そこに襲い掛かろうとする兵士。


 オレはその頭を正確に打ち抜いた。




 圧倒的だった。


 広間にいた兵たちはオレ達に手も足も出ない。



 だが、ゼノンはただ笑っていた。


 気味が悪い。

 一体何を企んでいるのか。



「さて、残るは君だけだよ?」

「ふむ。情報通り強いな」


 オレは制圧を終えたホールに踏み込む。


 まだ生きている者もいるが皆動ける状態ではない。


「おとなしく投降する気はないの?」

「っくっくっく。ないなぁ」

「そう。じゃあ仕方ないね?」


 オレはクロスボウを構える。


「悪いけど、オレは外さないよ」


 脅しでも何でもない。


 オレは狙いを定めて一気に打ち込んだ。

 時間をおかずにすぐさま二本、三本と打ち込む。


 どこにも逃れることなどできはしない。


 オレの放った矢は正確にゼノンへと吸い込まれていった。




 ――ガキィイィン!!


「!?」


 かのように見えた。


 ゼノンの肉に触れるか触れないかというところで、何かが矢を弾いた。

 いや、打ち落とされたと言ってもいい。


 剣を持った全身が黒くなった人のような何か。

 それがゼノンの前に躍り出てオレの矢を切り落としたのだ。



 オレは警戒心を強め、皆を集めた。



「……それは、一体何?」

「くくく、何とは随分な物言いではないか。実の祖父に向って」

「祖父?」


 祖父と言えば、前王だったという人か。


 オレは黒い人を見る。

 全く分からないがそれのことなのだろう。


「貴様!! 馬鹿なことを言うなぁ!! おじい様は死んだはずだ!!」


 アレクがたまらず叫ぶ。



「馬鹿なことではない。これは前王でお前たちの祖父だったもの。聖剣王ホーリーセイバー、ジョア・ディア・カノンその人だ」


「貴様っ!! 愚弄ぐろうするのも大概にしろ!!」


「愚弄などではない。この余の力で傀儡くぐつとしたまでよ」


 ゼノンはにやりと笑った。


「余の能力は呪い。さあ見せてやろう。我が力を」


 そう言いながらゼノンは手を広げた。

 その手の先からは黒い波動が放たれる。


 ――ジュワアアア


 奇妙な音を立てながら伏せていいた兵たちを包む波動。


 気が付けば兵たちの皮膚が黒く変色していた。


 その光景に、オレは見覚えがあった。


 リューナさんに出会った村で見た凄惨せいさんな光景がフラッシュバックしてくる。


 これは……シャーリー村や世界各地で広がっているという呪い!?



「ふっふっふ、見覚えがあろうな? そうだ。世界に広がりを見せておる変死の原因は余だ」


「何だって!?」


 思わず声を上げてしまった。

 そんなもの、全世界の宿敵じゃないか。


「ふふふ。本来は世界で広がっているようにまき散らすのが正解なのだが、長い間ゆっくりと呪いをかけ続けることで精神を支配し、体を支配することができる」


 それが本当なのだとしたら、祖父はやはりゼノンに操られて圧政をしいていたのだろう。

 そして体までも支配し、孫たちの命を奪おうとさせている。



 ……なんて奴だ。


 凄まじい嫌悪感がオレを襲う。


 それはアレクも同様だったようで、奥歯をぎりぎりとかみしめていた。



 そうか。アレクの両親も奇病で死んだ。

 詳しくは聞けていなかったが、流行り病だと言っていた。


 それが世界中で猛威を振るっている伝染する呪いである可能性は高い。


 そうだとするのなら、アレクにとっては祖父と両親の宿敵になる。

 憎くて仕方がないだろう。



 不快な感覚が体の底から湧いてくる。



 ――こいつは生かしておいてはいけない。



 クロスボウを持つ手に力がこもった。




 その表情に気をよくしたようにゼノンは笑うと、サッと手を振りかざした。


「はははははは、最高のショウを始めようじゃないか!」


 高らかに笑いだす。


「この聖剣王を前にどれだけあがけるか、見物だなぁ」


 外道が。


 オレとアレクは同時に走り出した。


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