第5話 やめて! オレの為に争わないで(白目)!!

 


「んふふ。はあ、酷い目にあったわ」


 魔王様はあの後ずっと笑い続けており、それはオレたちがご飯を食べ終わるまで引きずられていた。


「いや、それは魔王様のツボが浅かっただけの話ですよね?」


 オレは部屋の片隅で拗ねていた。

 床を指でなぞっている最中である。


 だってスローライフが絶望的になってしまったのだ。

 すねるなという方が無理な話である。


 もう初めから無理だったじゃんというツッコミは受け付けない。



「んふふ、まあそう怒るでない。ほれ、娘どもは元気じゃぞ?」


 そう言って指さす先ではアレク達が準備運動をしていた。


 腹ごしらえがすんだのでカノン王国へと打って出る気満々なのである。


 特にアレクは勇者の種と言われ、張り切っている。

 先ほど「本当に僕が勇者になったらヴォンにはパーティに入ってほしい」と言われた。


 丁重にお断りした。


 そもそも魔王様が目の前にいるのにする話ではないだろう。



 魔王様はさほど気にした様子もなく笑っていたからよいが。




「そうじゃ。ヴォンよ。そなたの力を見せてみよ」

「え?」

召鬼道士しょうきどうしの力じゃ。妾も長く生きておるがの、召鬼道士を生で見るのは初めてなのじゃ」


 唐突に切り出され一瞬なんの話か分からなかったが、どうやらオレの力がどれほどのものかを見るために城に招いたようだ。


「えー。見せなきゃダメですか?」


 正直見せびらかすような力ではないし、何より今は気分ではない。

 オレは無駄な労力は使わない派だ。


「何じゃ。不服と申すか?」

「いえ! やらせていただきます!!」


 しゅびっと立ち上がり敬礼をする。


 魔王に睨まれるなんて死亡フラグ立てたくないのでな。





「『来たれ』」


 バチバチと部屋の中に紫電が走る。

 濃厚なモヤが部屋に広がった。




 影から出てきた死者たち。

 その状態は随分とよくなっていて、肌艶や筋肉に至るまで再生されている。


 第三級のキョンシーになったからだ。


 欠損部など微塵も残っておらず、会話することも可能だ。


「ほう! これが死体とな。随分と健康そうではないか」


 魔王様は死体たちをしげしげと見つめてつぶやく。


「意志はあるのか?」

「初めは酷い状態でしたけど、今は前世の記憶もありますよ」


 オレは母さんに目配せをする。

 それを受けて華麗に挨拶をして見せた。


「お初に御目文字仕ります。わたしはエルシオン・ディア・カノン。前の国王の娘でヴォンの母親です」

「何? カノン?」


 魔王様の眉がひそめられる。

 そういえば先ほどもカノン王国という言葉に反応していたし、なにか因縁でもあるのだろうか。


「……そうか、ヴォンはカノン王国の王子ということか。なるほどのぉ。これもまた因果よな」


 魔王様はなんだか意味深なことを言ってオレを見る。




「そうじゃあ! ヴォンよ。そなた魔王軍に入らぬか?」

「え? なんて?」


 唐突に爆弾発言を落とす魔王様に思わず聞き返す。


「追われておるようだし、魔王軍に入れば匿ってやるぞ? お主のことは気に入っておるからのぉ! そうじゃ。もうこちらで暮らさぬか? うむ、名案じゃのお」


 彼女は一人で盛り上がっている。

 魔王軍に属するって……。

 原作の通りになってしまうじゃないか!




「ちょっ「そんなのだめだよぉ!!」」


 オレが異議を唱えようと口を開きかけた時、緊迫感に満ちた声が上がった。


 見ればアレクがすごい形相で魔王様を睨みつけている。


「ア、アレクさん?」


 こんなに険しい表情をしているアレクなど見たことがなかった。


 彼女はいつもぽわんとした表情でおっとりとしていたので、オレは驚いてしまった。



「ヴォンはカノン王国の正当な王子様だよぉ? 魔王軍なんかに入っちゃったらそれこそ三族領には戻れなくなる!」



 その主張におっさんズも頷いている。


「その三族領にはもう既に追われておろう。そちらに居場所がなかったから魔族領にきた。違うか?」


 魔王様はあおるような眼をアレクに向けた。

 アレクは激しく食って掛かる。



「それはそうだけどっ! でも魔王軍に入るのは違うよぉ!」


「何が違うというのじゃ。行く当てもなかろうて」

「今は態勢を整えるために逃げてただけだしぃ! それにヴォンはカノン王国に行くのが目的だったんだ!」


 あの。えっとですね。

 確かにカノン王国にある「キリカ」を目指していたが、今はそうもいっていられないんですよ。

 悲しいことに。



 魔王様の言う通り、今は三族領に入れもしないのだ。

 とはいえこのまま魔族領にいる訳にもいかないし、原因を早くどうにかしないといけない。


 本当にどうしたものかな。



「なんじゃ?」

「何だよぉ!」


 二人は未だに言い合いをしている。


 心なしか、二人の間に火花が散っている。



 これは……あれか?


 やめて! オレの為に争わないで(白目)!! 的な展開なのか?


 勇者(未来)と魔王の激突なのか?



 勘弁してください。

 オレは誰も知らない場所でスローライフがしたいんだ。





 オレは爆発した。


「もおおおお!! オレは!! スローライフが!! したい!! 魔王軍にはハイラナイ!! 一応言うと王子とかにもキョウミナイ!!」



 ぜえ、はあ。


 カタコトで叫んでしまった。


「な、何故じゃ!? 妾の願いじゃぞ!?」

「魔王様のお願いでもオレは働きたくないでござる!!」


 魔王様がとんでもなくびっくりした様子でオレを見る。


「なんでぇ!? 王子だからカノン王国を取り戻したら王位につけるよ!?」

「王位とかもっと興味ない!! そんな激務お断りです!!」


 アレクもたまらずといった様子で叫ぶ。


 というかいつの間にかオレが王位につくって話になっていたの?

 危ない危ない。

 オレはそんなの絶対嫌だ。



 情けなく思われただろうか。

 だが、まごうことなきオレの本音だ。


 無駄な労力を使わずに自由に暮らしたい!!



 クズと言われようがオレは働きません!

 絶対にな!!



 ……なんだよ。そんな目で見ないでくれよ。

 前世で働き過ぎたんだから今世くらい休んだっていいだろうよ。


 楽しく生きなきゃ、生きている意味がないだろう?

 そういうことだよ。



「い、イヤじゃイヤじゃ!! この妾の願いぞ!? 今までこの姿の妾の願いを断った者などおらんというのに、何故そなたは聞いてくれぬのじゃ!?」


 なんと魔王様が駄々をこね始めた。


「絶世の美女と呼ばれる妾ぞ? 妾の傍にいれるのだぞ? 妾の美しさを間近でみられるのだぞ!?」

「いや、そんなことを言われても。嫌なものは嫌なので」

「イヤじゃー!!」


 オレの頭を抱えるように抱き着いてくる。


 というかなんかキャラ変わってません?


「せっかくいい遊び相手が見つかったと思ったのに酷いぞ!!」


 尚も言い募る魔王様にオレは半ばやけになった。


「あーーもう! 分かりましたよ。配下は嫌ですけど、そのかわりに友達になりません? 遊び相手ならそれでいいでしょう?」

「友達……?」


 魔王様はぽかんとしている。


 あれ。もしかして友達って通じていない?


 もしかして魔王様ボッチ?

 オレと一緒?


 大変失礼なことを考えつつ、オレは魔王様に親近感を抱いた。


「友達……」


 魔王様はその間もぶつぶつとつぶやいている。

 やがてその顔は喜びに満ちた。


「うむ! 仕方あるまい! そなたがどうしてもというのならなってやらぬこともないぞ?」


 オレから離れ、むふんと胸を張る魔王様。


「はい。どうしてもです」


 オレはすかさずそう口に出した。

 おだてられるところはおだてて相手をいい気にさせる。


 これは営業マンの必須能力だ。

 前世のオレ、グッジョブ!



 こうしてオレは魔王様と友達になった。



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