第3話 一体だれが?

 


「ふう、そろそろつくころだと思うんだけどな」


 オレはリンダルさんの依頼を受けて山の中腹にあるという村へと向かっていた。

 乾燥地帯ということもあって、山にはサボテンらしき植物が群生しており足場がごつごつしている。


 本当にこんなところに村などあるのだろうか。


「暗くなってきたな。急がないと」


 オレは少しずつ進みながら着実に山を登っていく。


 背中にはクロスボウ、影には父さんたち。

 いつモンスターが出てきても問題ないように警戒しながらも上を目指す。




「あった」


 しばらく登っていると少し先に旗が立ったテントのような建物が見えた。



 どうやらここで間違いないようだ。


「……ん?」


 ふと風に乗って漂ってきた臭い。


 ――血の臭い


「……まさか」


 違えることのない、鼻を刺す刺激臭。

 イヤな予感しかしない。


 定期連絡が途絶えたということは、つまり……。



 オレはクロスボウに手を掛けて慎重に村へと踏み入れた。




 オレの眼に映った光景はまさに惨状。

 村は辺り一面血の海に沈んでいた。


 そこら中に人間の死体が転がっている。

 飛び散った血は乾いて固まっていた。

 新しく流れ出たものではない。


「うっ……」


 オレは悲鳴を上げかけて素早く口をふさいだ。

 もしもまだこの惨状を作り出した元凶がいたのなら、悲鳴を上げれば気が付かれてしまうだろう。


 それにしても息をするだけで吐き気がこみ上げてくる。


 オレは布で口と鼻を覆った。

 これで多少は違うだろう。



 改めて村へと目を向ける。

 酷いありさまだ。


 モンスターだろうか。

 肉食のモンスターが村に入り込んだ……?



 近くにあった遺体を見てみる。

 その遺体はうつぶせで地べたに転がっていた。


 首から下、背中に大きな傷がある。

 鋭いもので切り捨てられたような傷だ。

 モンスターの爪で抉られたというよりは、剣や刃物で切り付けられたような跡だった。



 別の遺体も見て回る。

 刺されたような傷、執拗にいたぶられた様な骨折の跡。

 どれもこれも人為的な傷ばかりだ。


 それに、女性や子供の遺体がない。

 あるのは男性の遺体と老人の遺体ばかりだ。


 あまりにも不自然だった。


 これはモンスターの仕業ではない。

 人間のやったことだろう。


 だが、一体だれが?



 ――カタン


 ふいに近くから音が聞こえた。

 生存者がいるのだろうか。


 オレは音のした方へと向かった。



 音はひと際大きなテントの中から聞こえてきた。

 テントの外からは中の様子は伺い知れないが、出入り口に血の手形がいくつもついていたので外と同じような空間が出来上がっていると容易に想像できる。


 正直入りたくはないが、そうもいっていられない。

 オレの役目は村に何が起こったのか調査することだから。


 オレは意を決して中に入った。


「誰か生きてますか?」


 シンとしたテントの中にオレの声が響く。

 反応は返ってこない。


 先ほどの物音は聞き違えだったのだろうか?



 ――カタン



 また聞こえた。

 どうやら聞き違いの線は消えたようだ。


 その音はテントの奥から聞こえてきた。

 オレは警戒しながら奥へと進む。



 血の匂いが濃くなった。


 その人は物置の影に隠れる様に座っていた。


 生存者がいたことに驚きつつ、会話を試みる。


「生きているのか?」


 途端にびくりと震える人影。

 どうやら生きているらしい。


「話せるか? 一体この村で何があったんだ?」


 オレは矢継ぎ早に質問する。

 人影は答えない。


 近寄ってみると、その人影はテントを支える柱に縛り付けられていることに気が付いた。


「……マジかよ」


 オレは慌てて近づき人影を縛り付けていた縄を解く。

 人影はぐったりとうなだれているが、まだかすかに息をしていた。


「しっかり! 大丈夫か!? 一体何があったんだ!?」

「ぅぅ……」


 人影はやせ細った年老いた男だった。

 手足には刀傷がついていおり、今も血が流れている。

 その指先は真っ黒になっていた。


「しっかりして! 助けに来たよ!!」


 オレは男を抱きかかえ話掛ける。


 男は口から血を流し虚ろな表情で口を僅かに動かす。

 オレは耳を近づけて僅かな言葉を聞き取る。


「……賊が…………ムラ……壊し……女子供を連……行った」

「賊!? 山賊か!?」

「そ……。ムラ、病に……て」

「病?」

「ぁぁ、悔しい……無……念」

「おい……?」


 聞き返す。

 返事はない。

 男は既にこと切れていた。


「くそっ!」


 オレは男の亡骸を地面に下ろし、何を伝えたかったのかを考える。

 「賊」「病」「女子供」というワード、村の惨状。


 ここから考えられることは何か。


 考えろ。考えろ。


 オレは恐怖の滲む心を奮い立たせ推測を立てる。


 まず「賊」というのは「山賊」のことだろう。

 そしてそれが村を壊して女子供を攫った。


 これは村の惨状を見てもほぼ間違いなさそうだ。



 では病というのはなんだ?

 山賊に襲われた後に病が流行った?


 いやそうなっても誰も分からないだろう。

 だって病に気が付く前に死んでしまっているのだから。


 ならば山賊に襲われる前から病が流行していたと考えるのが妥当か。


 リンダルさんの話ではここの村人はモンスターを自力で退治してしまう程の強さを誇っていたようだし、通常であれば山賊も追い払えていたのではないか。


 だが、そうはならなかった。


 何かは分からないが病で弱っているところに山賊の襲撃を受けた。

 だから村人は抵抗もできずに壊滅的状態に陥ったのではないか。


 そうだとするのなら、さぞかし無念だろう。


「……成仏して下さい」


 オレは地面に伏せる男に手を合わせて状態を確認する。

 腕や顔には切り傷があり血で汚れていたが、その合間から黒い皮膚が見えた。

 そういえば、外にあった遺体にはほとんどの者に黒い痣があった。


 あれは襲われたときにできたものでないとするのなら、病でできたものではないか?

 そんな思いがふと頭に降ってきた。


 ゾクリと悪寒が走る。


「……まさか」


 オレは肌に黒い痣が出る病に心当たりがあった。

 前世で知り得た知識。


 確かその病は中世のヨーロッパの国を滅ぼすほど猛威を振るったとされる伝染病。

 あれは確か村人たちの様に黒い痣が現れる致死率の高い病ではなかったか。


 この世界に前世と同じ病があるのかは分からない。

 けれど、現に似た症状が出ている。


 強いはずの村人が全滅した理由。

 それが伝染病なのだとしたら……。


「っ!! 冗談きついって!!」


 オレは急いで外に出る。


 リンダルさんから預かっていた水晶に数行の文を書き送る。

 いつになるかは分からないが、彼がこのメッセージに気が付いて専門機構を率いてくることに期待しよう。


 この村のことは彼らに任せ、オレは山賊のアジトを探す。

 もしも伝染病ならば、女子供をさらった奴らにも感染していても可笑しくない。


 それに気が付かず山賊の稼業に精を出してしまえば、ことは大問題になってしまう。

 それを知っていて放置するという選択肢はオレにはなかった。



 今ならまだ間に合うはずだ。

 オレは血でできた足跡をたどって走り出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る