2章

第1話 冗談はそのくらいにしておこう

 


「ヴォンさん! 私とパーティーを組んでくれませんか?」

「いいや俺だ! そうだよなヴォン!」

「ずるいですよ! ヴォン君はあたしたちのパーティーに入ってもらうつもりなのに!」



 皆さんこんにちは。ヴォンです。

 今ですか? 絶賛オレの取り合い中ですよ。

 いや~人気者はつらいですね。


 ……さて、冗談はそのくらいにしておこう。



 ここは「イプケア」の町の冒険者ギルドの中。

 オレの周りには相変わらず人だかりができていて、かれこれ三十分も抜け出すことができていない。



 何故こんなことになっているのかと言えば、時は三日前にさかのぼる。





 「ビリーベア」の討伐を終えたオレは、その翌朝に討伐完了の報告と依頼品の提出のためにこのギルドへと足を運んだ。


「こんにちは~」

「はぁーい! こんにちは! ああ、良かったヴォン君。君を待っていたの」


 オレの姿を視界にいれたリズさんが顔を輝かせてこちらへ駆け寄ってくる。


「リズさんこんにちは。オレに何か?」

「何か? じゃないですよ~! 昨日いきなり飛び出して行っちゃうんだもん! パーティーも組まずに向っちゃったのかと思いましたよぉ~!」



 そういえば昨日は依頼を聞いた瞬間に走り出してしまったんだった。

 ギルドを出る間際にリズさんが何か言いかけだったのを思い出す。


「ああ、そういえばそうでしたね」

「でしょう? でもよかった、まだ討伐に出てなくて安心です」

「それなんだけど、はい。これ」

「え?」


 オレはポーチの中からビリーベアの爪を取り出し、リズさんに渡す。

 彼女は目を点にしたままビリーベアの爪を凝視している。


「……えっとぉ、これは?」

「ああ、ビリーベアの爪です」

「……は? はああああああぁぁ!?」

「うわあああああ!! なに!? 敵襲!?」


 突然叫び出したリズさんにつられて、オレも叫び声をあげてしまう。


 勘弁して下さい。

 オレ、急な物音とかにも弱いんです。



 リズさんとオレの叫び声がギルド内に響き、皆何事かとこちらを見ている。

 オレもまじまじとリズさんを見てしまった。


 彼女は視線など気にしている暇もないほどビリーベアの爪を食い入るように見つめている。

 一体何が彼女をそこまで驚かせてしまったのだろうか。


「え、えええええ?? これ本当にビリーベアの爪……?」


 ああ、本物かどうか見極めていたのか。

 オレはほっと息を吐いた。


「はい。昨日討伐してきた奴の爪を取ってきました。……あ、もしかしてそれだけじゃ証明になりませんか?」


 オレはハッとした。


 もしかしたら討伐完了の証明には爪だけでは足りないのかもしれない。

 だから彼女もこれだけ食い入るように見ているのだろう。


 しまったな。

 頭を取ってこなければならなかったのかも。



「……ええと、一人で倒されたのですか?」

「はい! もちろん!」


 リズさんは口をぽかんと開けたまま、説明するオレのことをじっと見つめていた。



 その時ギルドの奥からダダダっと走ってくる音が聞こえ、リンダルさんが何かの本をもってやってきた。


「ちょいいいいいと失礼します!!」


 リズさんからビリーベアの爪を半ば奪い取ると、本の開いたページに乗せる。

 すると本は薄黄色の光を放ち魔法陣が浮き上がった。


 数秒後、本の上に文字が浮かび上がる。


 “鑑定 ビリーベアの爪”


 おお、すごい。

 ハイテク……じゃないや、便利な魔法だなぁ。


 理屈とか仕組みは分からないが、どうやら本がビリーベアの爪が本物であると判定してくれたようだ。


 オレは少しそわそわしながらその様子を眺めていた。

 こういう時、改めてファンタジーの世界に来ていると実感する。



「はい! 本物のビリーベアの爪ですね! 依頼の達成おめでとうございます」


 リンダルさんは捲し立てながら足早に報酬を運んで来た。

 その額には若干だが汗がにじんでいる。


 ……別に何もしないのに。



 リンダルさんは父さんとの再会を果たしたあの時から、変にオレに気を使ってくれている。

 恐らくオレが何か仕出かすのではないかと警戒しているのだろう。

 別に変なことするつもりもないのだが。


「それにしてもこの任務をお一人でこなすとは! さすがヴォンさん!」

「アハハ、大袈裟ですよ」


 本当に大袈裟だ。

 チュートリアルのボスを倒した程度でそんな反応をされると小恥ずかしい。


「いえいえ! そうご謙遜なさらずとも!」

「いやいや、本当に。あの程度のモンスターなんて皆さん倒せるでしょう? たまたまオレが倒したってだけですよ」


 誰にでも倒せる相手を倒しただけなのに、随分と持ち上げてくるな。



 この時オレは重大な認識のずれが起きているとは思っていなかった。


 認識のずれ。

 すなわちモンスターのランクの付け方だ。


 オレはこの時、DランクのモンスターはDランクの冒険者なら一人で討伐できると思っていた。


 だが実際はDランク以上の冒険者三,四人での討伐を想定されてランク付けをされていたのだ。


 そう。ランク付けは基本的にパーティーを組んだと想定してつけられていたのだ。




 結局オレはそのままもらった報酬で昼食を食べにギルドを後にした。



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