第13話 轟く雷鳴!

ジャックの野郎、マジで後先考えてやがらねぇ……チッ、世話の焼けるリーダーだぜ!


「マーシナル! ジャックを拾って回復させろぉ! 後脚は潰した! 次ぁ尻尾じゃあ!」


「おお! 任せろ田舎者!」





「ほらジャック、飲め。さるお家に伝わる秘伝のポーションだ。」


「ゲホッ、ありがとうございます。 これはよく効きますね。元気百倍ですよ。」


「で、さっきのは何だ? この槍は?」


「これは『魔槍』です。呪われてますよ。」


「なっ! 貴様よもやそのような物を!?」


「これぐらいでないとベヒーモスの皮膚を突き破れなかったものですから。たまに意識を奪われてしまうのは私が未熟な証。いや、お恥ずかしい。」


「大丈夫なのか?」


「ええ。今に飼い慣らしてトドメに使ってみせますよ。さて、次は尻尾ですね。行って参ります。」




ベヒーモスはその巨体故に一本の脚にかかる体重も並みではないようです。たった一本の脚、それも足首を砕いただけで動きが止まってしまいました。とは言え、治りも早そうなのでここからが本当の戦いなのですが。


奴の尻尾の長さときたら胴体と同じぐらいあります。つまりあれを封じない限り、心臓へ攻撃ができません。根元から切らずとも、せめて半分ぐらいになればいいのですが……


「おいジャック! こいつの尻尾ぁ太過ぎんぞ! おまけにしなやかでとても切れそうにねぇ!」


なるほど、あれだけ自在に動かせるわけです。達人の鞭を思わせるしなやかさ……ならば!


「ドノバン! マーシナルさん! 来てください!」


「おう!」


「何だ!」


「いいですか。お二人にお願いです。奴の尻尾を……」





「ほほぉ、さすがジャックだ! 目の付け所が違うぜぇ!」


「うむ。俺の方は問題ない。お前は大丈夫なのか田舎者?」


「当ったりめぇよ! テメーこそ足引っ張んじゃねーぞ?」


では作戦開始です!


『氷壁』


マーシナルさんがベヒーモスの尻尾の付け根を氷壁で覆います。しかし激しい動きのためにたちまち氷壁は壊されてしまいます。それでもマーシナルさんは何度も同じ箇所に魔法を使い続けます。


尻尾以外に襲い来る前脚や牙から逃れながらの魔法は大変な集中を要することでしょう。


一方ドノバンは奴の尻尾の先端にしがみついています。ベヒーモスに比べれば吹けば飛ぶような体格ですが、私もドノバンも人間の中では巨漢と呼ばれる部類です。先端部分を抑え込むことはできなくても、動きを鈍らせることはできます。ほんのわずかでも。


船にも酔うようなドノバンには悪いですが、今しばらくは耐えてもらいましょう。


そして数分、いやもっと経ったのでしょうか。奴の尻尾の動きが目に見えて鈍くなってきました。そして遂に、マーシナルさんの氷壁が奴の尻尾を封じたのです。尻尾の付け根は凍りついたかのように動きません。


「ドノバン! 今です!」


「おうよ!」


ドノバンは尻尾が動かないのをいいことに、何重にも結び目を作っています。あの太い尻尾です。ほんの二重、三重にするだけで長さはグンと短くなります。


そして私はその間に柄の中央が折れた槍を拾ってから尻尾の付け根まで登りました。待ってましたよ、この瞬間を!


『螺旋貫』


私の槍は氷壁ごと奴の尻尾を貫きました。切断こそできませんが、当分の間、使い物にならないでしょう。マーシナルさんは再び私の槍ごと氷壁で封じ込めました。いよいよ大詰めです。


「おい……ジャック……後は任せていいんだろぉなぁ? 心臓の位置は左前脚の付け根、あの少しボコッとなっている所を見ろや、そこから後ろに五メイルだ……」


「ええ、安心してお休みください。マーシナルさんも。」


「頼むぞ……もう魔力が空っぽだ……」


マーシナルさんの足元には何本もポーションの瓶が転がっています。一日に二本以上飲むと危ないものを……あなたという人は。



『バオオオオオォォォオオオオォォオオーーー!!』


これは!? ただの咆哮ではありませんね!?

声に魔力が乗っています! くっ!動けません!


そこに振るわれる奴の前脚、動けないなりに躱せましたが額がざっくりと切れてしまいました。ミスリル製の頭部プロテクターが用をなしていません。くっ、血が、目に入って……


突如私の体が引き寄せられました。これはイザベルさんの?


「使え!」


「ありがとう、ございます!」


ポーションですね。ありがたい!


「それから、これもだ!」


イザベルさんからナイフが手渡されます。このナイフは……もしや……


「いいか! 今から十三分後、奴は動きを止める。そこを仕止めろ! ラストチャンスだ!」


「分かりました。その十三分、死ぬ気で稼いでみせましょう。」


足を挫き、額は割れ、肩の筋肉は今にも千切れそうな痛みを持っています。ポーションのおかげで何とか血は止まり、体力は回復しました。動けないドノバンとマーシナルさん。動かず魔力を練り始めたイザベルさん。

今動けるのは私だけ。いざ、ベヒーモスと対峙します。


前脚の猛攻をかい潜り、後脚付近へ。そこから背中に登ります。もう尻尾が襲ってくることはありません。落ち着いて確実にあのポイントへと動くのです。


しかし……


なっ!


なんとベヒーモスが横に転がってしまいました! まるで猫のように、背中を掻くかのように。私は背中から大きく振り落とされ、地面に叩きつけられてしまいました。今度ばかりはイザベルさんの助けもありません。

そこにベヒーモスはさらに転がってきました。木々を薙ぎ倒しながら、無邪気な獣のように……

とっさに大樹の根元に伏せる私、奴はその上をゆうゆうと転がっていきました。大樹は倒されても、地面とのわずかな隙間が私を守ってくれました。どうにか生きています。


チャンス!


奴はまだ地面に横になっています!

今なら登らなくても心臓に手が届きます!


ドノバンが死ぬ気で探り当てたポイント、そこをイザベルさんのナイフで大きく×の字に斬り裂きます。疑ってすらいませんでしたが、やはりこのナイフはベヒーモスの皮膚すら易々と斬り裂いてしまいました。このままトドメまで……くっ、ダメでした……

ベヒーモスはすぐに起き上がってしまいました。後一撃、たった一撃で勝てるのです……


そして奴は次に、頭から私に突っ込んで来ました。大きな口を開けて……




「ジャック! どけえぇーー!」


イザベルさん! ついに十三分経ちましたか!

くっ、さっきので足が……


「構いません! 撃ちなさい!」


「バカ言うな! いくらお前でも黒焦げになる! 早くどけぇー!」


くっ、かくなる上は這ってでも……


迫る牙。間に合いません!




そこを間一髪、私を突き飛ばすように助けてくれたのは……


「まったくよぉ、世話の焼けるリーダーだぜ! ほら、これ飲め!」


「ドノバン、あなたどうやって!?」


「おらぁイザベル! 撃てぇ! ジャック、走るぞ!」


「心得た! いくぞ!」




『轟く雷鳴』




天を覆い尽くすほどの雷……それが一斉にベヒーモスに降り注ぎました。見たところ無傷、しかし実際はどうなのでしょうか……


よし、足が動きます。今しかありません。


「ドノバン、イザベルさん、マーシナルさん。ありがとうございます!」


『身体強化』


残った魔力を全て身体強化に注ぎ込みます。手には魔槍を。カカカ、ぶっ刺してやるぜ、いや、ぶっ刺してやります。


ベヒーモスは動けない。私が付けた×印がよく見えます。行きます!


「ヌオオォォオー!螺旋貫通峰らせんかんつうほうぉぉー!」


今の手応えはっ! 槍は根元まで刺さりました……しかし、心臓まで届いていません! 全てを賭けた私には最早、槍を抜く力すらありません……ここまでなのですか!?


「まったくよぉ、世話の焼けるリーダーだぜ! どきなぁ!」


嵩山通臂掌すうざんつうひしょう


ドノバン、あなたという方は。


彼は槍を掌で押すも、少ししか入り込んでない……ように見えます。

しかし実際は……


『バギョオオオオオォォォオオオオォォオオーーー!』


咆哮に力強さを感じません。断末魔です。


「おらぁ! ボサッとすんな! 逃げんぞ!」


私はドノバンに肩を支えられ、いち早くベヒーモスから離れます。奴は縦横無尽にのたうち回っています。


「美味しいところを持って行かれましたね。」


「へっ! 鍛え方が違うからよぉ!」


「イザベル様の轟く雷鳴あってこそだ。忘れるな!」


全くです。これが真の雷の匂い。数ヶ月前にノワールフォレストの森で嗅いだ本物の雷をも凌駕する強い薫り。私はまだまだ修行が足りませんね。


ん?


「イザベルさん!? イザベルさん!!」


「お、おい! やべぇんじゃねーか! どぅなんだマーシナル!」


「イア、イザベル様! お目を……」


あれだけの魔法を使ったのです。気を失いもしましょう。しかし、これは明らかにおかしいです! 一体どうした……

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