第14話 凱旋!

結局イザベルさんは目を覚ましませんでした。私達は少し休憩をし、僅かながらも回復を済ませてからベヒーモスの解体を始めました。

さすがのマーシナルさんもこれだけの巨体は収納できないとのこと。解体して私達三人の魔力庫にそれぞれ収納することになりました。


イザベルさんが『魔切』をかけてくれたナイフがなければロクに解体もできなかったことでしょう。すごいお人です。


そして三時間。解体、収納を終え戦場を後にします。イザベルさんは……悔しいことにマーシナルさんが背負っています。私もドノバンも歩くだけで精一杯なのです。どうにか夜が来る前に、少しでも安全な野営地まで……




そうして夜ごと野営を繰り返しながら歩くこと三日。


「マーシナルよぉ、イザベルが目覚めねぇのはポーションの飲み過ぎか?」


「ああ、おそらくな。少なくとも五本以上は飲んでおられる。」


「私の槍への魔切、私達のフォロー、ナイフへの魔切、そして最後の極大上級魔法……魔力を練りに練って、限界を超えてもなお……」


まるで命まで削ったかのような威力でした。


「おい、こんなイザベルが一体誰に勝ちてーってんだ? 王都にゃあこれより強ぇー奴がいるってのか?」


「ふん、帰りの船のお楽しみだ。イザベル様が話されるのを待っていろ。」


あれほどの『轟く雷鳴』を見た後ではにわかに信じられません。イザベルさんが勝ちたい相手とは……


「うっ……」


「イザベル様! イザベル様! 俺が分かりますか!?」


「……うるさいぞマーシナル……どうなった? 勝ったか?」


「はい! ジャックとドノバンが、やってくれました!」


「私がトドメをいただくはずだったのですがね。まんまとドノバンに持って行かれてしまいました。」


「ジャックは足を痛めてたからよぉ、ちぃとばかし威力が足りなかったぜ。」


「で、ドノバンは何をしたんだ? 意識が朦朧としていたからな、槍に手を添えたところまでしか覚えていなくてな。」


「俺の必殺技よぉ。オメーの胸がいくらデカくても直接心臓を攻撃できんだぜ? 食らってみるか?」


「強がっていますが、今のドノバンはイザベルさんの胸を揉むことすらできません。」


「ジャックうるせーぞ! 揉めなくても俺の舌技は使えんだよ!」


「ふむ、つまりあれは『透し』の一種か? 王家の秘伝にあると聞く。相手が如何に強靭な鎧を纏っていようとも、直接内部にダメージを与えることができると。」


「ほぉ、詳しいじゃねぇか。正確にはジャックの槍を通して衝撃を心臓にぶち込んでやったのさぁ! 残念ながら今の俺じゃあ外皮から直接心臓をぶち抜けなくてよぉ。」


「いや、それでも大したものだ。おそらく殿下にすらできないことだろう。その結果、腕を痛めたというわけか。」


「おう、恥ずかしながらな。俺もまだまだだぜ。」


「……ドノバン、済まない……私が回復や治癒の魔法を使えたら……」


傷や骨折はポーションで治すこともできますが、限界があります。特に関節や内臓を痛めた場合は腕のいい治癒魔法使いに診てもらわないと後々困ることになるものです。


「それにジャックもだ。お前だってその腕、動かないんだろう? 魔槍を使い、なおかつあれだけの大技を放ったのだ。一刻も早く船に戻って診てもらわないと……」


「私達の心配はいりません。後はどうにか戦闘を避けて船を目指すだけですから。それよりイザベルさんの体調はいかがですか?」


「ああ、かなり寝たせいか気分がいい。あれだけのポーションを飲んでこの程度で済んだのはきっと私の魔力が上がったから……つまり、お前達のおかげだ。」


そう言ってイザベルさんは私達一人一人を抱きしめてくれました。暖かい女性です。

数日間寝たきりだったくせにどうしてこんなにも心惹かれる香りがするのでしょうか。悪い女性です。


そしてイザベルさんは再び眠ってしまいました。


「これで一安心ですね。後はもう船を見つけて乗り込むだけですか。」


「順調にいきゃあもう十日ってとこか。イザベルが復活すりゃもう少し縮まるかぁ?」


「二人とも、ありがとう。イザベル様がこんなにも生き生きとされて、俺は嬉しい。」


「仲間なのですから当然です。いや、私の伴侶になるのですから。」


「バカ野郎ぉ! コイツぁ俺の嫁にするんだよぉ!」


「ふっ、イザベル様を娶るのは俺だ。イザベル様もそうおっしゃっていただろう?」


「知りませんね。まあその話は帰ってからにしますか。無事にクタナツまで帰ってから……」


それからの帰り道は意外にも順調でした。来るときに見逃したエビルトレントもある程度は回収できました。




そしてついに、山岳地帯を抜けたのです。


「やったなぁおい! 俺達ぁやったぜぇ! あの山岳地帯から生きて帰ったぜぇおい!」


「ええ。やりましたね。これで私達はクタナツで並ぶ者なき冒険者です。しかしながら帰ってからやることは、修行のやり直しですがね。」


「冒険者は金が入ったら遊ぶものじゃないのか?」


「当ったりめぇだろぉが! ジャックがおかしいんだよ! 俺ぁ遊ぶぜぇ! オメーも連れてってやろうか?」


「いえ、ドノバンがおかしいのです。」


「遊びにってどこにだよ?」


「決まってらぁ! 娼館だよ娼館! オメーにゃ助けられたからよぉ! 奢ってやんぜ?」


ドノバンらしいですね。


「バカ言うな! 俺にはイザベル様がいるのだ! それに田舎者になど奢られる謂れはない! 仲間を助けるのだって当然だ!」


マーシナルさんも変な方ですね。もしかして童貞なのでしょうか?


ああ、山から吹き降ろしてくる風が頬と頭を撫でていきます。風が運ぶ山の香り、こんなにも恐ろしい山なのに、帰りたくないのはなぜでしょう。

昔の人はこんな時『後ろ髪を引かれる』と言ったそうですね。後ろ髪のない私は未練など残さずサッと帰るべきなのでしょう……

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