第9話 王太子の本気

「船底に穴が開いています! すぐに塞がないと!」

「舵が効きません!」

「マストが保ちません! 倒れます!」


どうやら船のトラブルのようですね。残念ながら私達冒険者にできることはありません。邪魔にならないよう隅で大人しくしておく他ありません。


「落ち着け! 全ての人員を救助しろ! それから冒険者達よ! マストを切り倒して海に捨ててしまえ!」


殿下からの命令が下されます。意図は分かりませんが全員が動き出しました。私もドノバンを救わなければなりません。鎧を外しロープの片方を持って海に飛び込みます。まったく、世話が焼ける方ですね。


かろうじて沈まずにいたドノバンにロープを掴ませれば救助は終了です。後は勝手にロープを手繰り寄せて船に登ってください。私もそうします。空飛ぶ魔法が使える方々が羨ましいものです。


私とドノバンが甲板に上がった頃には船に突き立てられた柱、マストと言うそうですが、全て無くなっておりました。あの間にあれほど太い柱を切り倒すとは、ボルテックスさん達の仕業ですね。


「全員無事だな!? しっかり掴まっておけよ!」


再び殿下の号令がかかります。何をされるのでしょうか?


「……………………出でよ召喚されし魔の物よ!」


『ウウォオウオォオオォーーーォ!!』


なっ……天を覆うような巨大なドラゴン……

これはまさか……召喚魔法!?


青紫色のドラゴンは優雅に舞い降りて、その巨腕で船を抱え込みました。あ、だから柱を折ったのですね。


「宮廷魔導士達よ! 陸に着いたらすぐに台座を用意しろ! そこに船を置く!」


なるほど、船の形状故にそのまま陸地に置くわけにはいかないのですね。




それにしても恐るべき魔力ですね。これほどのドラゴンを召喚し、これほどの船を運搬するとは……


そして時間にしてわずか五分、手頃な陸地に到着しました。宮廷魔導士の方々が氷の魔法で台座をご用意されました。ドラゴンはそこにゆっくりと船を降ろします。束の間の空中遊泳、船で空を飛ぶとは贅沢な話です。


「ここでしばらくは船の修復を行う! 船員、並びに近衛騎士や宮廷魔導士は副船長の指示に従って動け!」


殿下はそう言って倒れてしまいました。きっと魔力を限界まで振り絞った結果なのでしょう。大したお方です。おそらくルフロックが現れた時点でここまでの展開を読みきっておられたのではないでしょうか。


恐らく……ルフロックとシーサーペント、あのドラゴンを使って二匹とも倒すには魔力が足りない。何よりルフロックの狙いは私達かシーサーペントのどちらか。むしろ肉の量からすればシーサーペントを狙っていたはずです。だから殿下は私達にシーサーペントの対応をさせたのでしょう。そうしてご自分は事後の対応をするためと、万が一にもルフロックが船を襲ってきた場合に備えて召喚魔法の魔力を練りつつ待機しておられたと。本当に大したお方です。


副船長によりますと、修復には二、三週間かかるそうです。船底には穴、マストは全部折れてます。それだけの期間で直るとは、皆さん素晴らしい技術をお持ちなのでしょう。

その間、私達冒険者のうち希望者は警備の仕事に就くことができます。そもそも私達を乗せた目的は北の地で素材を獲らせること。珍しい魔物、希少な薬草、強力な素材を獲らせて買い上げることです。そして乗船料がいらない代わりに往復時の警備をする契約になっています。

それだけに目的地に到着すれば、自由に動いてよいわけです。



そして翌朝。


「おぅジャックよぉ、行くんだろ?」


「ええ。行きますとも。」


現在地はノワールフォレストの森の北西部の沿岸。このまま海沿いに北上すれば森を抜けることができるはずです。行かないはずがありません。


「副船長さん、私達サウザンドニードルはこのまま北に向かいます。皆様も修復が終わり次第北に向かわれるのですよね?」


「ああ、その予定だ。」


「かしこまりました。そうなりますと帰りの便ですが、最大で何日まで航海を続ける見込みでしょうか? どこまでも北上するわけではないですよね?」


「ああ、行きに三週間、滞在二週間、帰りに三週間の予定だったからな。思わぬハイペースで進んでると思ったらこれだ。結果的に予定通りのペースになりそうだ。」


「分かりました。でしたら今から四週間後に帰投を開始するわけですね。そこに注意して帰って参ります。どこかで船が見えましたら飛び乗ることとしましょう。」


「ああ、無事に帰ってこいよ。」


「ええ、殿下によろしくお伝えください。行って参ります。」


こうして私達四人は沿岸部を歩いて北に向かうことにしました。他のパーティーは東に向かったり南に向かったりもしています。皆さん、生きてまた会いましょう。

海と森に挟まれたこの場所、土の匂いと潮の匂いが混ざり合うこの場所で。

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