第10話 北へ!

私達の旅は快調そのものでした。普段は歩かないので知りませんでしたが、沿岸部というものは強力な魔物があまり出ないようです。

おそらく陸の魔物と海の魔物、双方の縄張りの間だからでしょうか。これは今後に生かせる良い発見です。


そうして歩くこと一週間、ついに右手に森が見えなくなりました。目の前に広がるのは一面の平原、そして遥か彼方に見える。あれが……山岳地帯……でしょうか。


「あれかぁ! もう二日ってとこか?」


「ええ、そのようですね。あれが私達の目的地、山岳地帯ですね。さあ、もう一踏ん張りですよ。」


「ここからは私の魔法で行こう。それなら一日で着く。そして長めに休もうではないか。」


「イザベル様の言う通りだ。」


そうですね。平原ならばイザベルさんの魔法で滑るように進んで行けます。ありがたいことです。


「ではお願いしてよろしいですか? くれぐれもご無理をしないようにお願いします。」


「ここまで魔力を温存できたからな。少しは張り切るさ。行くぞ。」




こうして歩くより格段に速いペースで進むことができ、一日どころか半日と少しで山岳地帯の麓まで到着することができました。もっとも登山道などあるはずもない山岳地帯です。結局入り込めそうなルートを探すのにもう半日かかってしまいました。

明日一日はしっかり休んで、明後日からいよいよ攻略開始です。

どれほどの魔物がいるのでしょうか。胸が高鳴ります。本当に冒険者とは、度し難いものです。





休めませんでした。


その日は夜明け前から小さなネズミの魔物、グリードラットの大群に襲われてしまいました。

腹を空かせたら何でも食べるという小賢しく凶悪な魔物です。一匹一匹は大した敵ではないのですが、数百数千と集まればそれは大物と大差ありません。断続的に襲いくる奴らに、私達は辟易しながらも対処を続けました。




そして遠き山に日が落ちる頃、イザベルさんは上級魔法『燎原の火』により最後の一団を焼き尽くしました。眼前五十メイル四方を焼き尽くす見事な魔法でした。

できれば使って欲しくなかったものです。イザベルさんも同様の考えでしょう。だからこそ、夕暮れ時の今になって止むを得ず使ってしまったのです。


「おぉイザベルよぉ、やるじゃねーか! そんな魔法があるんならもっと早く使えよなぁ!」


「できれば使いたくなかったのだ。このような上級魔法を使ってしまうと、魔力に惹かれて魔物が続々とやって来てしまうからな。」


「移動しましょう。ここから離れなければなりません。」


完全に暗くなる前に移動することが大事です。だからイザベルさんはこのタイミングで使ったのです。本当に貴族とは思えない状況判断ですね。


「やるじゃねーか! でもそんならジャックに一言断っとけよ? リーダーはあいつなんだからよぉ。」


実際には私の指示と発動のタイミングがほぼ同時でした。何か大きな魔法を撃ってくれないかお願いしようとしたら、すでにイザベルさんの魔力が膨れ上がっていたのです。そのタイミングの良さに嬉しくなってしまったのは秘密です。以心伝心だと思いたいものですね。


「うむ。出過ぎた真似をしてすまなかった。」


「わ、分かりゃあいいんだがよぉ……」


「さあ皆さん、行きますよ。真っ暗になる前に拠点を定めませんとね。」


グリードラットの魔石を回収できないのは残念ですが、時間がありません。大物と戦いたい気持ちはありますが、闇夜の戦闘は避けた方が賢明と言うものです。見えないわけではありませんが、気配や殺気だけを頼りに戦うには、ここらの魔物は強すぎるでしょう。




イザベルさんの魔法『消音』と『消臭』で痕跡を消しつつ四キロルは移動したでしょうか。ここなら大丈夫でしょう。例によって皆さんに夜営の準備をお願いして、私は周囲を警戒して参ります。


ほっ、どうやら大丈夫ですね。危険そうな魔物の痕跡も気配も発見できませんでした。さて、今夜の食事は何でしょうか。イザベルさんの料理、楽しみです。

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