第8話 大海蛇と大怪鳥

それからの海路は比較的安全でした。時にはそれなりの大物も襲ってきましたが、船内一丸となって撃退に成功しました。やはり宮廷魔導士の方々の魔力は別格ですね。


そんな日々が一週間ほど続いたある日。船は右舷にノワールフォレストの森を見ながら北西へと進んでいます。やはり陸路よりだいぶ早いですね。


「ようやく慣れたぜぇ……俺ぁもう二度と船なんか乗らねぇぞ……」


「あなたにも弱点があったのですね。では例の女性達に伝言は必要ないですね?」


「へっ……あいつらのためにも生きて帰らねーとよ……」


「せっかく生きて帰っても刺されないといいですね。」


「けっ……俺の体を突き通せるのはオメーの槍ぐれーだぜ……」




「二人ともここにいたのか。そろそろ昼だ。今日の食事は昨日の獲物、デビルアークオクトパスだぞ。」


「ほぉ、あの八本足の巨大な魔物ですか。あれには苦労させられましたね。」


「よし! 行くぜ、食わなきゃやってらんねーぞ!」



突如、甲板が暗くなりました。時刻は昼、雨も雲もありません……見上げてみれば上空を飛んでいるのは……ルフロック!

ノワールフォレストの森に棲息し、オーガやオークなどを雛の餌にするほどの巨大な鳥! 翼を広げた長さは百メイルはあります。あれが襲いかかってきたら……


「前もだー! あれもヤベーぞ!」


どなたかの声がかかります。あれはまさか……シーサーペント!? 最悪です。海で出会えば生きて帰れないと言われている巨大な海蛇、もはやドラゴンに匹敵するほどの強敵でしょう……船内に緊張が走ります。


「総員! シーサーペントに対処しろ! ルフロックは俺が対処する!」


船長である王太子殿下の声がかかります。お一人であれほどの魔物の対処をされると? あの方がそう言うならできるのでしょう。宮廷魔導士達はシーサーペントの上に飛び出しました。魔法を雨あられと撃ち込んでいます。私達冒険者は船上から援護です。私は投げ槍、ドノバンは飛礫つぶて、イザベルさんは氷弾を撃っています。


しかしシーサーペントは物ともせずに徐々に船へと近づいて来ます。しかも口から氷のブレスで攻撃してきました。鋭利な氷刃が吐き出され帆は破れ、船体にまで傷が付いています。私達に当たりそうな分は避けるなり、防ぐなりできますが……


「イザベル殿、我らがどうにか奴の動きを止める。その隙にトドメを刺すことはできるか?」


宮廷魔導士の一人がやって来てイザベルさんに相談しています。彼女の魔力が宮廷魔導士の方々に信頼されたのでしょう。


「いいだろう。二分だ、できるか?」


「無茶を言う……死力を尽くして二分、稼いでみせよう。」


すると五人の宮廷魔導士達はシーサーペントの上空に円状に位置しました。そして彼らの魔力が燃え上がるかのように増大しています。いけませんね、見てないで私達も援護をしなければ! 少しでもシーサーペントの気をそらすのです。


奴は私の投げ槍やドノバンの飛礫をまるで虫を払うかのように対処しています。刺さりはしてませんが、少しはダメージがあるようです。


その時です。あれだけ巨体、長大なシーサーペントが動きを止めたのです。まるで頭を掴まれた蛇のように。胴体の下半分は暴れていますが、上半分が全く動いておりません。あれが宮廷魔導士達の本気……


「結界魔方陣だ。宮廷魔導士でも上位の者しか使えない、守りの切り札だ。」


マーシナルさんが説明をしてくれました。あれが王都の守りにも利用されている結界魔方陣ですか……あれほどの魔物の動きを止めるとは見事なものです。


そしてマーシナルさんも魔力を練っております。イザベルさんと連携して攻撃をするのでしょう。失礼ですが、これは見ものですね。




そろそろ二分です。宮廷魔導士の方々はかなりきつそうです。懇願するようにこちらを見ております。


「いいぞ! いつでも撃てる!」


「撃てぇー! 命中の直前で結界魔方陣を解く!」


『降り注ぐ氷塊』


おお、氷の上級魔法ですか! 術者の魔力に比例して高空から落下してくるため、命中率はかなり低い……それ故に通常は数多くの氷礫を広範囲に落とすものです。すると威力が犠牲になり本末転倒ですが……


『グォオオオオォォオオオーーー!』


やったのでしょうか? 水飛沫がひどく見えませんが、断末魔とも思えない力強さを感じる咆哮でした……


イザベルさんが落とした氷塊はただ一つ。一辺が三メイルはあろうかという巨大な立方体でした。それでもシーサーペントの頭部よりは小さいのですが……


水飛沫が晴れてきました。ぐったりと甲板に膝をついたイザベルさんとマーシナルさん。彼は結界魔方陣が解除された瞬間、シーサーペントの頭部の下に氷壁を構築したのです。頭部を挟み込むことで、より威力を上げるために。私やドノバンにはまず不可能、頭が下がりますね。さて、奴の様子は……




なっ、なんという生命力……

頭が半分なくなっているのに、まだ生きています……さすがに再生する気配はありませんが、長大な胴体が荒れ狂っております。その余波は船を揺らすどころでは済みません。大波が甲板を舐め何人かは海へと拐われてしまいました。


「ジャック! 俺が行くぜぇ! トドメは貰うからよぉ!」


ドノバンはそう言って海上で荒れ狂うシーサーペントの虎口、いや蛇口に飛び込んでいきました。

くっ……あなた泳げるのですか!? 仕方ありませんね……


ついにシーサーペントの胴体が船に巻き付いてきました。しかしこれはチャンスです。軋む船体をよそに私は槍を構えます。狙いは、左眼。揺れる甲板、足元が定まりません。


その時でした。ドノバンが奴の喉元を破壊して飛び出してきました。必然的に奴の頭が下がります、今!


『螺旋貫』


私の槍が寸分違わずシーサーペントの左眼を貫き、脳を抉ります。


奴の動きが徐々に緩慢になり危機は去ったかと思った時でした。上空からルフロックが襲ってきたのです。殿下は一体何を……


しかし、ルフロックが襲いかかったのはシーサーペントでした。巨大な鉤爪でシーサーペントの胴体を鷲掴みにして、大空へと飛び去っていきました。


現場には潮風に吹き散らされるシーサーペントの血の匂いが残るのみ……

私達は生き延びたのです。


しかし、危機はまだ去っていませんでした。

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