第7話 いい船上のワルツ

初めて見る巨大船、間近に感じる潮の香り。これが海……


遠くから眺めたことはありますが、ここまで近づいたのは初めてです。海とはこんなにも広く、芳しいものだったとは……


「ジャックよぉ、あの船大丈夫かぁ? 結構でけぇけどよ、海にゃあ恐ろしく巨大な魔物がわんさかいるってぇじゃねぇか。」


「あなたにしては慎重ですね。そのために私達がいるのです。力を尽くそうではありませんか。」


そうです。私達冒険者の仕事は近寄る魔物の排除。極力魔物との交戦は避ける方針ですが、それでも船に追いつき襲いくる魔物から船を守るために同乗するのです。


船の全長は百五十メイル、横幅は四十メイルほどでしょうか。これぐらいの大きさがないと海に出ることすらできないなんて、本当に恐ろしい場所です。


上に張り出した大きな布は『帆』と言うそうです。あれに風を受けることで前に進むことことができると。向かい風の時はどうするのでしょうか? まあ、宮廷魔導士の方々がいらっしゃることですし、問題ないでしょう。


そしてついに沖に停泊している船に乗り込みました。甲板に立つ私達、地上とは違う微かな揺れが不快感を催します。意外と足腰や平衡感覚の鍛錬には向いているかも知れません。




「傾注! この船はこれよりノルド海を東に向かう! その後、海岸線に沿って北西へ! そこからが本当の試練だ! 諸君の働きに期待している! 出発だー!」


殿下の号令がかかり、船が動き始めました。なるほど、まず出足は風の魔法で勢いをつけるのですね。そこから自然の風を捕まえれば、魔法がいらなくなると。


ちなみにこの船の名前は『バーニングファイヤーメガフレイム』意味はよく分かりませんが、殿下のご趣味でしょうか。余談ですが、船では火の魔法は使ってはならないそうです。当然ですね。


「おい……ジャック……俺はもうだめだ……俺が死んだら凰媧楼おうかろうのステファニーに伝えてくれ……ドノバンは勇敢に戦ったと……」


「ステファニーさんだけでいいんですか? 他のお店のサリーさんやクローネさんは?」


「おお、そうだ……それからギルドの受付のステラ、治療院のリビエラにも……頼む……」


「はいはい。あなたの全財産は均等に分配しておきますよ。死んだらですけどね。」


まさかドノバンがこれほど船に弱いとは思いませんでした。これが陸の人間を苦しめる『船酔い』ですか。二日酔いよりかなり苦しいと聞きます。他にも数人、甲板に倒れこんでいるようですね。


「フハハハ……ドノバンも存外だらしないな……船に酔うとは……ククク……ぐっ」


マーシナルさんは真っ青な顔をしていますが、意地でも横になりたくないようです。面白い方々ですね。


「ジャックは平気なのか?」


「ええ、どうにか問題ないようです。イザベルさんも平気なようですね。船は初めてではないのですか?」


「初めてに決まっている。酔わないのはたまたまだな。」


海からの風が心地よく私達を撫でていきます。今だけは……魔物が現れて欲しくないものです。


「海とは、こんなにも広いものだったのですね。見ると聞くとでは大違いです。」


「そうだな。王都は西と南が海なのだが、それでも見慣れているとは言い難い。海とは恐ろしいものよ……」


「ええ、右手に陸を見ながら進んでいますが、もし大海原へ出てしまったらどんなに心細いことでしょう。王都からは南の大陸への交易船が出ているそうですね。」


「ああ、あっちの大陸は香辛料や綿、コーヒーなどの名産地だからな。わずか一往復でひと財産築けるらしい。」


「その分成功率も低いそうですね。恐ろしいことです。」


あぁ、魔物が出てしまいましたか……残念です。


「行くぞジャック。あの二人の分まで私達が働かなければなるまい。」


「そうですね。張り切るとしましょうか。」


前方から迫るのはランスマグロと言うらしいです。全長三メイルを超える大きな魚に強靭な槍のような牙が付いています。あの程度ならば船の装甲はびくともしないようですが、傷は付けないに越したことはないでしょう。


迫るランスマグロの大群にまずは魔法使いの方々が攻撃を加えます。使う魔法は落雷。海の魔物は雷に弱いそうです。八割はぐったりと動かなくなりましたが、残りは元気に突っ込んで来ました。私達の出番ですかね。


私が用意しておいたのは『投げ槍』、安物を大量に購入してあります。ふんっ!


他の方々も似たような戦法をとられています。やはり皆同じことを考えるものですね。ほどなくして魔物は全滅、魔法使いの方々がランスマグロを回収しております。解体を手伝うとしましょう。この魚は明日以降の夕食になるそうです。楽しみですね。王太子殿下ほどの方が連れている料理人です。きっと腕前も期待できるでしょう。

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