第6話 王太子と令嬢

四対四。近衛騎士からは強者の匂いがプンプンと燻ってきます。匂いだけで勝敗が判断できるなら、こんな楽なことはないのですが。


これほどの相手です。本来なら一対一で心ゆくまでお相手願いたいところですが、今回はそうもいきません。いつも通りの戦い方をしなければ。


集団戦における練度はあちらの方が上でしょうね。どのような連携を見せてくれることでしょ……何ですって!?


彼らはバラバラに私達四人に襲いかかって来ました。まるで個々の実力を確かめるかのように。これは嬉しい誤算です。


「皆さん! 自由にやりなさい!」


私も好きにやります。お相手は三十代の中盤ぐらいですかね。技も力も脂が乗っている頃でしょうか。これは滾りますね。


螺旋貫はまだ使えません。突きは威力があって良いのですが、外した時の隙が大きすぎるのです。そもそも人間相手に使うには威力が強すぎます。槍の特徴は何と言ってもその間合い、私は連撃で近衛騎士を近寄らせることなく勝負を運んでいます。他の近衛騎士も警戒しつつ……


「その槍の運びは……破極流か? 少し変わった使い方だがよく鍛錬しているな。」


「恐縮です。先日破極流の免許皆伝をいただきました。」


イザベルさんにですけどね。


「ほう、それはすごい。しかし私とて無尽流をかじった身。易々と負けるわけにはいかんな。」


ほう、『剣聖』と名高いヘイライト・モースフラット先生の流派、無尽流ですか。ますます滾りますね。ならばこれはどうですか?


『地擦り蛇槍』


剣術では足元を狙うことがあまり多くありません。それ故に未熟な剣士には有効な戦術です。彼ほどの相手に通用するはずもありませんが……下にばかり注意をしていると……


「くっ、やるな!」


突如跳ね上がった槍に貫かれてしまいますよ? 今回は肩に傷が付く程度で済みましたか。これで試験は合格。しかし、ここでやめるつもりなどありません。お互いに。


飛斬ひざん


ほう、とうとう出してきましたか。騎士のお家芸、飛ぶ斬撃を。これで間合いでの有利は無くなりました。いえ、むしろ私が不利です。しかしここは戦場ではありません。このような場所で自由に撃てるなんて思わないでくださいよ?


飛突ひとつ


飛ぶ刺突まで使ってきましたか。私は逃げるように動きます。あの場所まで……


「き、貴様……姑息な手を……」


「撃てますか?」


撃てるはずがない。私の背後には試験を見守る王太子殿下がいらっしゃるのだから。しかしこれは思わぬ収穫がありました。背後から感じる強者の匂い、殿下の香りは近衛騎士の比ではありません。さすがは勇者の末裔……


結局集中を乱された近衛騎士は飛斬を撃つことなく私に負けました。殿下も近衛騎士がいくら飛斬を撃とうとも無傷でいられる腕前でしょうに、彼の対応を見ようとするとは……お人が悪い。




「見事な戦いだった。しかし背後から俺が斬りかかったらどうするつもりだった?」


なんと、殿下からお声をいただくとは。


「直答を失礼いたします。むしろ、斬りかかってくださることを望んでおりました。殿下ほどの強者と戦える機会など、この田舎者には一生に一度あるかないか。ぜひいつか、ご指導ご鞭撻をいただければ幸甚です。」


御前に跪いて返事をいたします。


「ふふ、そうか。戦バカか。強いやつと戦いたいだけのバカ者め。考えておいてやる。名乗れ。」


「はっ! 千魔通しジャックと呼ばれております。」


「そっちではない。本名だ。」


「ジャック=フランソワ=フロマンタル=エリ・エローにございます。」


「ほう、どこぞの末裔か。楽しませてもらった。お前達は四人とも合格だ。」


「ありがとうございます。」


私が殿下と話している間に他の三人も勝負を決めたようです。マーシナルさんはギリギリのようですね。これで私達も北に行ける……




「お前達、個々の実力は見せてもらった!次は連携や守りの硬さを見せてもらうぞ! 今度は五人の宮廷魔導士がお前達に魔法を撃つ! その場から三歩以上動くことなく生き残ってみせろ! 攻撃はするなよ? 始め!」


なんと、次があったのですか。しかも宮廷魔導士とは……この国の魔法使いの最高峰ではないですか。


「ドノバン! マーシナルさん! イザベルさんを囲みますよ!」


「おう!」


「分かった!」


「いや、三人とも動くな。後は私がやる!」


『氷壁』


これは驚きました。誰もが使う氷壁ですが、イザベルさんのは厚み、丈夫さとも桁が違うようです。しかし油断はできません。


雨あられと殺到する宮廷魔導士の魔法がイザベルさんの氷壁に次々と弾かれていきます。そうなると彼らにも意地があるのでしょう。段々と威力を増しているようです。


しかし最後まで彼女の氷壁は破られることはありませんでした。お見事です。


「さすがに疲れたわ……後はよろしく……」


そう言って意識を失ってしまいました。五人もの宮廷魔導士の魔力が尽きるほどの攻撃を凌ぎきったのです。




「そいつの名は?」


殿下がこちらに近寄ってご下問されました。


「イザベルでございます。」


マーシナルさんが答えます。


「イザベルだと? 顔を見せろ。」


普段イザベルさんの顔はローブに覆われています。その美貌ゆえに隠しているのだと解釈していますが。


おや、マーシナルさんがためらっているようですが……


「どうした。早く見せろ。」


マーシナルさんは多分王都の人間、殿下のご命令に逆らえるはずもないでしょう。ゆっくりとローブを外し、顔を出しました。


「なるほど。そういうことか。ご苦労であった。明後日にはここを出発し、船に向かう。それまでに準備を整えておけ。」


「はっ!」


殿下は顔を見られただけでご納得されました。つまりイザベルさんは王族に顔を知られているほどの方。すごい仲間もいたものですね。




「さっきのぁどーゆーことよ? あの野郎イザベルを閨に呼ぼうとでもしたんかぁ?」


「あの方はそんな下衆ではありませんよ。何か確認したいことでもあったのではないでしょうか。」


「あー、まああれだけの魔力を見せつけたもんよぉ。まっ、あれぐれーの魔法なら俺らなら避けてもよかったんだがよ!」


ドノバンの言うことにも一理あります。きっとイザベルさんは自分が宮廷魔導士に及ぶかどうか確かめたかったのではないでしょうか。負けられない相手がいるとのことですし。謎が多い方です。


古い言葉にあります。

『秘密の香りを纏う女は美しい』

まったく……イザベルさんは罪な方です。

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