物言わぬキミ

月乃兎姫

第1話

 ぬいぐるみ……と聞くと誰もが最初に思い浮かべるのは、子供あるいは女の子の物というイメージが強いことだと思う。


 子供を持つ親としては子供をあやす・・・のに用いたり、プレゼントなどの用途で手渡したりもする。子供にしても、まるで新たな友達ができたかのように、成長し大人になっても、大切にする人も少なくないことだろう。


 またペットを飼えない家庭にとっても、子供心に動物の見た目が可愛いという上辺だけの感情でペットを強請る子供に対する、代替品としてぬいぐるみを与える人もいる。だからこそ動物の形を模した、ぬいぐるみが世にたくさん出回っているのだろうと思う。


 しかし、その後はどうなるのだろうか? 部屋の片隅に鎮座して飾られているならまだ良いほうだろう。下手をすれば段ボールに詰められ、押し入れ深くへと長い間仕舞われていたり、最悪の場合には邪魔だからとゴミ捨ての日に燃えるごみとして処分されるかもしれない。


 人が大人になると子供心を失うと言うのは、成長と言う過程において必需ではあるが、そうして失われた感情は二度と取り戻すことはできないと思う。

 人によってはそれが『玩具』であり『ぬいぐるみ』であり、『思い出』というものなのかもしれない。「昔を懐かしむ」「あの頃は楽しかった」などは失われた日々や思い出、また物ありきなのだろう。


 生き物ならば、声を発し感情を露わにして行動に移すが、ぬいぐるみは決して言葉を発せず、自ら動くこともできない。ただされるがまま、大切にされるも捨てられるのも、所有する人にしかその運命を委ねることはできない。


 ……それはぬいぐるみだけでなく、人もまた同じなのではないだろうか?


 声を発するかしないかの違いだけで、人は誰しもすべての人を覚えているわけではない。例え親しくしていた友達であっても、数年数十年も経てば自然と覚えている人も減っていく。


 人から大切にされるか捨てるか、それは物言わぬキミになったとき、その価値が示されることだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物言わぬキミ 月乃兎姫 @scarlet2200

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ