伝説のぬいぐるみを求めて五歩め
藤泉都理
伝説のぬいぐるみを求めて五歩め
眠たい眠たい眠たい。
おい、脳よ。
眠たいよな、うん眠いな。
この眠りたいという気持ちは君が作り出しているんだよなそうだよな。
ではなぜ君は僕を眠らせてくれないのだ。
なぜ、そんなに冴え渡っているのか。
「おい、目が充血してるぞ。早く寝た方がいいんじゃないか?」
そう呑気にのたまう幼馴染を見て、思ったのだ。
あれこいつを引っ叩いたら眠れるんじゃないの、と。
伝説のぬいぐるみがあるらしい。
ファンタジーではない。現実だ。
その伝説のぬいぐるみに抱き着いたらものの数秒で眠りに就けるらしい。
何でも不眠症に思い悩む人たちを助けようと腰を上げた人がいるとか。
効果は抜群だとの評判はネット上でも道路でも行き交っていたが、如何せん、どこで売っているのかがまるで分からないのだ。
屋台を引いて、日本、いや、世界を渡り歩いているとか何とか。
職人が丹精込めて一針一針手製で縫っている上に、布や綿、はたまた糸までも選びに選び抜き、しかも、その人に合わせたオーダーメイドで、値段はあいたたたらしいが。
あいたたたただろうが何だろうが、僕は買う。
話の分かる上司に定められている以上の有休を貰って、伝説のぬいぐるみを買う為の旅に出ることにして、家族に見送られて家を出た直後のことだった。
僕の家の前に屋台が一台止まっていたのだ。
もしやこれは運命じゃないかと嬉々として駆け寄ったのも束の間。
話しかけてきたのは、幼馴染だった。
もしやこれは幼馴染が実は伝説のぬいぐるみを作る伝説の人だと嬉々として駆け寄ったのも束の間。
焼き芋の匂いがした。
幼馴染は焼き芋を売る人になっていた。
「はあ、眠れねえと。で、伝説のぬいぐるみを探す旅に出て五歩目だったと。ふ~ん。よし。なら、これを貸してやるよ」
「何それ」
「抱き着ける焼き芋のぬいぐるみ」
「いい」
「まあまあまあ」
幼馴染は流れるように僕を肩に担ぐや、勝手知ったる顔で僕の部屋まで運んでベッドに寝かせると、ほれと焼き芋のぬいぐるみを僕に渡そうとしたけど突っぱねた。
「いいってば」
「おまえ、焼き芋好きだっただろう」
「焼き芋睡眠法はもう試したんだよ」
「焼き芋睡眠法って何だよ教えろよ」
「もういいから出てけよ。僕は伝説のぬいぐるみを探す旅に出るんだよ」
「わかったわかった行っていいよ。その前にこれを抱きしめたらな」
「………はあもうわかったよ」
もう拒絶するのも面倒だったので、焼き芋のぬいぐるみを受け取り抱きしめた。
ふわふわしていてふかふかしていて、さらに抱きしめる力を籠める。
四六時中持ち歩いているのだろうか。
焼き芋の匂いが沁みついていた。
ほんのり焦げた匂いも、とろけるような甘い匂いも。
そして。
「あら、眠っちゃったのね」
「そうみたいっす」
「総君。晩御飯食べて行く?」
「はい」
出て行った幼馴染の涼の母親に手を振った総は、すやすやと眠りに就く涼に布団をかけると、焼き芋のぬいぐるみを見て笑い、その部屋を後にしたのであった。
(2023.3.3)
伝説のぬいぐるみを求めて五歩め 藤泉都理 @fujitori
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