第12話『刃』
いくら走っても前方にいたはずの姿が見えることはない。供物事務所の夢喰はもう夢を盗ってしまったのだろうかと不安を巡らせながら赤羽は走り続けた。
「はーっ、もう。疲れちゃったよ」
藍田は目を細めた。絶対に疲れてなんかいないだろう。赤羽は感じ取った。藍田は諦めの感情を露わにして、こちらにも感染させようとしているのだと。それを持っていなかったと言えば嘘になる。だが諦めるのは何か癪に障る。もう諦めるなんてことはしたくなかった。
「藍田」
走りながら問うた。
「お前、なんで赤煉瓦に来たんだ?」
赤羽は、心の奥底、感情の根源を探ろうとした。藍田はゆっくり減速して、止まった。赤羽が振り向くと、見慣れたようなにやけ顔だった。藍田は口を開き、からかいでもするように、懐かしい過去を振り返るように語り始めた。
「どんなにあっつい日でも長袖だった俺をよくおちょくってたよな。赤羽?」
俺は小学校では静かだったなぁ。もちろん覚えてるだろ?小学校も中学校も一緒だったお前なら。同じクラスになったのは中学校が初めてだったけど、それ以前も仲がよかったな。特殊学級にいた俺は、低学年ぐらいならまだよかったけど、ちょっと経っちゃえば誰も近寄ろうとなんかしなかった。でも、お前は違ったよ。赤羽。お前はいっつも俺と一緒にいてくれた。
「ねぇ藍田。なんで藍田って、あんな遠くのクラスにいるの?」
何でって言われたって俺はそんときはわからなかったし、お前も先生に怒られてたよな?よく覚えてる。笑っちゃったな。むすっとしてうつむいて、涙をこらえてたっけ。え?そんなことなかった?嘘つけ。恥ずかしいんだろー?
さて、じゃあこっからはお前は知らない話のはずだ。俺には両親がいた。いたんだ。ただ父親がどうしてもクズだったんだ。家にいる大人の男に暴力を振るわれる日々だったんだよ。あの
それでー、なんだっけ?俺と母親が暴力を受けてて、それで母親が自殺しちゃったってところだ。なんとこれが幼稚園。これのおかげで精神面がとんでもないことになっちゃったと。そのおかげで広場恐怖症なんていう脈略のないもの……かな。を持っちゃったし、特殊学級入りだよ。小学校にちゃんと通うことができただけよかったのかな……
「……待って、わかったぞ。お前の狙い」
「もう十分だ」
斜め前方へ飛び、ナイフをくるりと手の内で回してから藍田の頭上に向けた。
「今、私はお前の夢を盗れる状況にいるのはわかるな?」
赤羽の目には藍田が歪んでいるように見えた。そして頭上に、夢の核が漂っているのも見える。
「……なる、ほど、ね。よく考えたねそんなこと」
両手を挙げて藍田ははぁっとため息を吐いた。
「なるほどそうだね。言葉に現れた過去とかトラウマとか、そういうのは感情を強めたりするね。その人自身の話なんかだとなおさらそうだ」
「感情が強まれば夢の核がはっきり見える。表面を余裕で包んでいてもな」
「はっはっは。参った参った。降参だよ、赤羽」
藍田は何か怖気づく様子も見せないでナイフを手の甲で払った。
「行こうか、お前の望む通り」
藍田はゆっくり加速しながら走り出した。
この階の中に、タバコの臭いが充満した。
「何を仲良しやっている?」
赤羽の後ろから声が聞こえた。低い女の声。先ほどまでは感じなかった気配だった。振り向けば、日本刀を持った、赤羽より背の高い女がこちらを向いてたたずんでいる。目の色は黒だが、何か違う色にも見えてくる。髪にはヘアピンがとめてあり、可愛らしい桃色や紫のグラデーションが黒い髪に際立っている。
「……なんだお前。供物事務所は三人も夢喰を送り込んできたのか?しかも二対一で来るなんて」
女は嘲笑を顔に表す。
「一対一になったことに気づいていないのか?赤煉瓦の戦闘員と聞いていたが、その程度だったか」
大胆な嘘を受け取った赤羽は、一秒もかけずに振り返った。そこに藍田はいなかった。ゾッとして床を見ると、上半身と下半身が分断されたものが落ちていた。
「赤羽東子、だったか?」
赤羽は今にも切りかからんとナイフを持って女に飛び掛かった。
「一応言っておく私の名は
飛びついたはずの場所にその存在はもういなかった。その声は後方から聞こえてくる。
「お前の相手は私じゃない。愛弟子の練習相手になってほしくてな」
タバコの煙を肺にためて、吐き出した。上からやかましい、高く大きい笑い声が聞こえてくる。赤羽は動揺からよろめきながら、膝に手をついて立ち上がった。
「さ、黒死館事務所の未来の戦闘員。私の愛弟子のご登場だ」
どたどたとうるさく階段を降りてくる存在は、幼いように見える。色素の薄い、茶色の髪と茶色の瞳を持った少女だった。身の丈に合わない刀を背に、赤羽へ宣言した。
「よくぞ私の前に現れた赤羽東子!!!我が名は
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