第11話『氷柱』
「なるほどな……」
轟々と音を立てて燃え盛る翼は辺りを暑苦しくも、優しい暖かさに包ませた。橙色と赤色が入り混じった、実体のない翼。その翼とは対照的に、その瞳はまるでやる気のない、冷ややかな目をしていた。壁に左肩をついて右腕の欠損した部位を押さえている亀田を一瞥すると、炎の翼を羽ばたかせ、火を一欠片落とした。すると亀田の腕は、瞬きをする間に再生してしまった。それは何もなかったかのように立ち上がった。
「ありがとう!」
「はやくやろう……面倒だし……」
動いたのは藍田だった。腹部の口でその炎の翼に噛みつこうとした。しかし炎の翼は本当に炎でしかなかった。実体を持たぬ、ただの現象が曖昧に翼の形を保っている。
「死なない……」
矢守の手の内にあったナイフが炎に包まれ、それが西洋風の剣が創り出した。まるでファンタジーのようだが、実際に目の前に起こっている。それは前方まで飛び出してきた藍田を斬りつけるように振るわれた。体が分断されることはなかったが、熱が体内を駆け巡り、膝をつく。
「終わり?」
炎が裂けた腹を貫こうとしたとき、その腕をナイフが貫いた。貫かれた衝撃で剣を持った腕が震えた。飛んできた方向を見た瞬間、赤羽の顔がすぐそこまで迫っていた。赤羽の拳が矢守の腹部に飛んできた。目にもとまらぬ速さ。亀田が何もできていなかった。レッデストジュースを使用したことをすぐに理解した。後ろによろめくが、すぐに次の攻撃に対応しようと拳を前に突き出した。それを的中させることには成功したが、その対象は怯む様子は見せなかった。
矢守は腹部にナイフを喰らった。赤羽は追撃の手を緩めず、アッパーカットを喰らわせた。このまま追い込もうと、後ろに倒れかかったところに脇腹を蹴った。そのまま倒れてしまい、息が細くなる。
「その程度だったか……」
赤羽がナイフを矢守に投げたとき、矢守が炎に包まれ、そして消えた。何が起こったかを理解する前に、後ろから声が聞こえた。
「この程度だったかぁ……」
身体が揺れる。脇腹にナイフが貫通しているのを見た。リアクションを見せるよりも前に、ナイフが真っ赤な炎をまとい始めた。レッデストジュースの作用によって血流が早くなり、上がっていた体温がその炎によりさらに上がる。赤羽の肉体でもその負荷には耐えることはできずに、びくんと体を震わせてその場に倒れた。矢守は亀田に顔を向けた。
「……そっちは?」
「ばっちりだよ!感情がそんなに強くないんだね」
仰向けになって、腹の口を脱力した状態で開けた藍田が踏まれていた。
「じゃあ行こっか?ゆっくり、ね」
「うん……さっさといこ……」
矢守は気だるげに笑った。そして、走って上へ駆け上る亀田の後ろを歩いてついて行った。
「赤羽!起きろ!」
供物事務所の二人に負けてすぐ、数十分後程度だった。赤羽は藍田に揺すられたことで目を覚ました。生きていることのわけがわからなかった。なんでか傷があったような痕跡も、血を失ったような感じもしなかった。目の前の藍田も元気になっている。何が起こったのかまるでわからない。
「よかった。ちゃんと生きてる!」
「ああなんとか……やつらは!?」
赤羽は供物事務所が夢を盗っていないかと藍田に問いた。
「わからない。なんで俺とお前がこんな五体満足で起きれたのかもわからない!でも早く行こう!そんなの考えてる暇なんてない!」
それもそうだと赤羽は思った。藍田に手首を引っ張られ起こされると、すぐに上へ行くために走った。
「彼女ら。本当にちゃんと役目を果たしているんだろうね。雲水」
氷に閉じ込められた大量の死体を背に向けた男が携帯電話越しに声を送る。それの向こう側から低い声が聞こえてくる。
「冷たいこと言わないの
「それならいいのだが」
泰道と呼ばれた男は、後方から来た供物事務所の連中に囲まれ、銃を向けられた。
「動くな!おとなしくしろ!お前も、赤煉瓦の夢喰だろう!」
泰道は低く、冷たいため息を吐いた。そして、その叫んだ一人に冷たい視線を向けた。
「私が、あのような薄汚い仕事をしているように見えるかね」
そのあとは一瞬だった。全ての人間を氷が包み、息をしなくなった。
「……夢喰共は所詮、自分のことしか考えられない生物なのだろう」
「そういうのをチョイスしてるだけさ」
その声を無視して、泰道は通話を切った。次に、上の方の階から高く大きな、やかましい声を聞いたので、すぐに仕事を終わらせようと考えた。
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