第10話『元々何をしていたのかをもう赤羽は覚えていないかもしれない』

 赤羽と藍田に挟まれた、背中合わせの亀田と矢守。最悪な状況にある二人はいつでも戦闘を始められるように構えているが、勝率は高くないとわかりきっている。

「……それで調なの?」

「意外か……?」

ナイフを持って静かにたたずむ矢守と、腹を裂いてグロテスクな肉と歯を見せている藍田。

「まだレッデストジュースも使ってないね!」

「使用は必要最低限だから」

いつでも相手を殴れるように体制を取っている亀田、ナイフをくるくると回している赤羽。四人はにらみ合っている。いつ戦闘が始まってもおかしくないヒリついた状況。

「ごめんね!」

「は?」

亀田が矢守の膝の内側を足の裏で押し、膝をつかせて倒した後で、自分もしゃがむ。動き出したと思った赤羽と藍田が飛び掛かるが空振り。そしてその隙に亀田が矢守を引っ張ってその状況から逃げ出す。

「さっと夢盗ってさっさと行くぞ!」

「そういうことする……」

走り出した二人を赤羽と藍田が追う。

「あいつらっ!」

「食うぞ……」

藍田はその透明な羽を使い、普通の人間には到底たどり着けないほどの速さで接近し、亀田に腹の口で噛みつこうとする。矢守がその口の中へナイフを投げて阻止しようとするが、止まることはなかった。逃げる亀田が振る腕の内、左腕に噛みついた。

「こいつっ、クソッ!」

振り払おうと立ち止まれば赤羽にやられる。かといってこのままだと藍田に腕が持っていかれる。その思考を巡らせた0.5秒。その0.5秒後、左腕の肘がなくなっていた。血が吹き出て、痛みが後から押し寄せてくる。思わず叫び、膝をついた。こんなにも大きな痛みなど、慣れることは決してないだろう。

立ち止まったところで振り払う時間などなかったし、止まらなかった結果がこれだ。結果的に、どう転んでも、何を選んだとしても、最悪の結果になっていたということがわかった。

「走ろう!怪我なんてどうせあとからなんとでもなる!」

矢守が亀田の右腕を引っ張って立ち上がらせた。この試みは成功したが、赤羽が迫ってくるのを見た。この状況を打破するにはどうすればよいというのか。矢守は考えることもなく、ポケットから緑色の液体が入ったカードリッジの注射器を出した。そのとき、矢守は背に炎の翼を広げた。


「ま~ま~。そんな落ち込まないでよ~」

緑川と紫米はショッピングモールの中のベンチに座っていた。緑川は手にいっぱい買い物袋を持っているが、顔はうつむいていて、しょんぼりとした様子を見せている。

「……だって……赤羽さん……」

ぽんぽんと頭を優しく叩いた。

「だって~、死んだりするわけでもないじゃん?赤羽ちゃんだよ~?」

左手の人差し指を反り返らせ、優し気な感じの見える微笑みを、床を向く緑川の顔を覗き込むようにして見せた。1秒程度そうしたあとで、すぐに体制を直して正面を向いた。

「緑川ちゃん。緑川ちゃんって、赤煉瓦事務所に入る前はどういうとこで働いてたの?」

緑川は喋ろうと口を開いたが、言葉が出なかった。肺から空気が出てこないような感覚になったので、スマホを取り出してそこに書いて見せた。

Solarisソラリスというところで数か月だけ働きました』

ふんふんと紫米は頷いてもう一つ質問をした。

「そんな早くやめちゃったんだね~。どうしたのさ~?」

緑川がまた打ち込む。

『吃音が原因で周りから煙たがられたからです。同期の人も先輩の人も上司の人もみんな私のことを白い目で見たり、からかったりしてくるんです』

「そうなんだね~」

『何社も面接を受けてようやく入れたところでそんなことになってショックでした』

「じゃあ~……どうやって赤煉瓦事務所に入ったの?」

紫米の目がいつもより若干大きく開く。何を考えているかわからない。口元は口角が上がり、笑みを浮かべているにもかかわらず、隙間から見える黒い瞳は冷たく、鋭いように感じられた。緑川は少しだけ恐怖を覚えたがすぐに打ち込んだ。できるだけ詳細に。

『Solarisでも仲良くしてくれてた人がいたんです。黒川雲水さんという人で、私がやめる直前に、赤煉瓦事務所のことを話してくれたんです。ここならどんな人でも雇ってくれる。緑川さんみたいに困っているひとがいっぱい来てるって』

紫米はその文章を見てから緑川の顔色をうかがった。そうしてから、また目を細めてにこりと笑った。

「そうだったんだね~。私と一緒じゃん」

緑川は瞳を動かして紫米の表情を見て、少しだけ安心したように息を吐いた。

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