第9話『混戦』
ガラス張りの入り口付近の壁。一階のロビーでは受付が正面に見えて、ガラス張りの喫煙所なんかもある。だが、どこもかしこも無人で人の気配はまったくない。少なくとも藍田はそう感じていた。赤羽はそうでなかった。何かおかしなものを感じていた。
「最上階にターゲットが……どうしたのさ赤羽」
「……なんか来てる」
「なんかって何さ」
「わかんない。でも私の勘がそう言ってる」
車のタイヤがこすれる音が聞こえてきた。止まれ止まれと怒鳴る声と銃声が聞こえてくる。
「伏せろ!」
赤羽が藍田の後頭部を押して伏せさせる。ガシャーンとガラス張りの壁が破壊される音が聞こえ、人の声が鮮明になる。力強い声たちは外にいたE40部隊のものだろうか。顔を上げると、大量の銃器を持った人と、ショッピングモールで見た、丸腰の女二人がいた。
「いったー……亀田はいっつもこうだよ!」
「矢守が運転したらもっと酷いことになってたはず……」
のんきに会話をしている二人は、久作から聞いていた夢喰だった。両方とも背は同じくらい。矢守と言う方は、ただでさえ高い身長がさらに高く見えるように背筋を伸ばしていて、目は活気にあふれている。それとは対照的に亀田は背の低さが強調されるような猫背で、まぶたが閉じかけている。赤羽と藍田は立ち上がって、矢守と亀田へ体を向ける。
「久しいな。供物事務所」
「女子率高い?夢喰って」
ナイフを向ける赤羽に、のんきなことを言っている藍田。
「先に来てたんだ赤煉瓦!」
「赤羽……厄介だね」
どこか嬉しそうな矢守に、面倒そうに見つめる亀田。
二組の間には今にも戦いが始まってしまいそうな感じがした。ぞろぞろと外の部隊が入ってきて、矢守と亀田に銃を向ける。それなのに、供物事務所の二人は余裕そうであった。
「油断してる」
亀田が落ち着いた様子で小さく呟く。そうすると、突如、赤羽と藍田の後方に銃器をもった、外にいたE40部隊と同じくらいの人数の人が表れた。なんの突拍子もなく、突然だった。それらは、赤煉瓦事務所の二人へ銃を向ける。
「やっぱすごいねー。供物事務所の技術」
藍田の方ものんきそうに笑っている。四人の夢喰が動き出すと同時に、大量の銃声が響き渡った。二つの部隊間を弾丸が飛び交う。四人の夢喰たちはそれをすり抜けながら接近した。赤羽と亀田がほとんど同時にナイフを取った。矢守が拳を繰り出したのに藍田が腕を使って防御する。
近接専門の部隊の人間たちがぶつかりあってもみくちゃになる。もはや敵味方の区別がつくかどうかもわからない。しかし、夢喰が誰なのかはわかる。部隊とは違って、私服なうえに、ナイフ以外には目立った武器も盾も持っていない。
鉄と鉄がぶつかり合う音が赤羽と亀田の手から発せられる。どちらかが切りつけようとすればどちらかがそれを受け止めてを繰り返して、相手方の部隊が近づけば容赦なく刺す。肉体と肉体のぶつかり合う鈍い音は藍田と矢守によって発せられている。声や銃声が響き、戦いは拮抗しつつある。
「亀田!行っちゃお!」
「ん……わかった」
矢守が指さした方向はエレベーター。亀田がこくりと頷くのを確認してから人ごみから跳躍して飛び出した。
「させるかバカ!」
「僕たち舐められてる?」
それに先回りをするように、敵味方関わらず人ごみを切りつけながら、殴り飛ばしながらエレベーターへ向かい、待ち受けた。すぐに来るだろうと考えた、しかし来ない。何かおかしいと思った二人は顔を見合わせ、階段を見る。丁度、二つの人影が上って行くのが見えた。
「騙された!」
「ブラフかよーもう!」
二人もそれに続くようにそっちへ走って向かった。
「藍田。エモーショナルアンプルファイアはあるな」
「二本ね。一本やっちゃう?」
「ああ。頼んだ」
藍田がエモーショナルアンプルファイアを下げていたバッグから出して、腕に刺した。そうすると背中から透明な、筋の入った羽が背中にはえ、嗚呼、と口から声を漏らした。不快な音を発する羽をばたつかせ、上の階へ上る。
「この階段二階までなの?」
「みたいだね……」
死体の散らばった通路を走っていた供物事務所の二人の頭上を飛んで、羽の生やした藍田が立ちはだかった。気味の悪いにやけ顔が現れる。
「ちょっと空腹でねぇ……」
藍田の腹部が左右に裂け、血の巡った肉、いくつもの先のとがった物騒な歯を見せた。
「げっ」
「こいつやったな……」
その歯が矢守の頭の寸前まで来たとき、亀田が藍田の脇腹にナイフを投げてそれを阻止する。藍田は捕食しようとしたのを止めて、足をついた。
「醜いバアルゼブル……」
亀田がぼそりと呟く。
「じゃああっちは?」
「……サタン」
矢守が見た方向には赤羽が来ていた。亀田が少し面倒そうに返した。
「逃がさないぞおめぇら!」
「最後食うのは僕だからね……」
「挟み撃ちってやつだこれ!」
「大丈夫……いけるはず……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます