第7話『塔という男』

 赤羽はショッピングモールの屋上まで来ていた。緑川と楽しく買い物をしていたというのに、急な仕事が入って不機嫌な様子だ。出ていく前に何かを買っておいたようで、事前に紫米に渡している。赤羽は周りに誰もいない、誰も見ていないような場所に来てからレッデストジュースを注射した。感情が高まってくる。そのまま、柵から飛び降りた。確か久作はこう言っていた。

「今回は、もう一人現場に向かわせている。そして、来ると予想されるのは供物事務所の亀田かめだ矢守やもりだ。今回も、よろしく頼むぞ。くれぐれも、過信による失敗を起こすな」

赤羽は最後の言葉にムカついていた。過信による失敗。何を意図しているか、本当のところはどうかはわからない。だが、赤羽には以前の、青葉の件を言っているように思えたからである。ショッピングモールがもう遠い。ビルの上を走って飛び回る。任務の場所はうん十キロは離れていたが、もう見えてくる。いかにも高級そうなホテル。飛びいる前にまずは来てくれる人間と合流することにする。対象がいるホテルの近くのビルの屋上から、裏路地に飛び降りてレッデストジュースの効果が切れるのを待つ。

「お、赤羽!」

隣から声がするのを聞いて、ようやく存在に気付いた。

藍田あいだじゃないか。ここにいたか」

生まれつきの茶髪をしばっている、若干背の低い男の藍田は、短くなったタバコを吸いながら赤羽を若干見上げていた。

「なんでこんなとこにいるんだよ」

長年の喫煙で若干黄ばんだ汚い歯を見せて藍田は笑う。

「幼馴染ちゃんのこと毎回忘れるよなーお前。アゴラフォビアだっての」

「日本語で言えめんどくさい」

そう一蹴されると、それはそれで面白そうに歯を隠して笑う。そして、二本目のタバコを取り出しながら。

「はいはい。広場恐怖症。でもアゴラフォビアの方がかっこいいじゃん」

吸っていたタバコの火を使って二本目に火をつける。吸い殻は地面に捨て、新たに火をつけた二本目を咥え、美味そうに主流煙と副流煙を吸う。

「これが終わったら私にも一本くれよ」

「わかったよ。一本だけだよ」

「一本で十分。お前が吸いすぎなんだよ」


日本、某所。薄暗い部屋の中。長い机に椅子がいくつかある。一人の血色の悪い、細長い男が椅子の前の脚を浮かせて行儀悪く座っている。誰を待っているのか、イライラした様子でいる。

「……遅いぞ。塔」

獣のうなり声のように低い声で、突如そこに現れた存在に言った。塔と呼ばれるその男は、体格がよく、頭全体を覆う機械的なマスクをつけていて、背中に緑色の液体が入った透明なタンクを背負っている。

「そうぴりつくな。ミスター久作。お前のその不健康な体じゃあ、いつその頭の血管が切れてしまうかハラハラしてならない」

塔ははっはっはとジョークを飛ばした後で笑う。久作の方はというと表情を変えず、口角を下げたまま変わりはしない。

「ヤク中が。背中のそれ、エモーショナルアンプルファイア。いつから入れている」

タバコに火をつけて、咥える。そして鋭い視線を塔に向ける。嗚呼、と、塔が声を漏らす。

「君は全くユーモアがないね。ちょっと面白いぐらいがちょうどいいんだ。君の……なんだ。赤煉瓦、だったか。僕の供物事務所にくらべて、結構ギスギスしてないかい」

「俺は知らない」

不愛想でじっとしている久作。対して、ぐるぐると歩き回っている塔。

「……まあ、いいか。君には何を言っても聞きやしない。本題は、なんだったかね。ミスター久作」

久作に近づいて、ずいっとマスクを久作の顔に近づける。

「最近できた事務所。黒死館こくしかん事務所について」

塔は「そうだった、そうだった」と言う。そして続けて言う。

「黒死館の……虫太郎むしたろう事務所長。変わった名前だ」

塔は笑う。久作は、ずっと表情を変えない。

「俺はここを潰そうと思う」

「僕はそうしない方がいいと思うがね」

二人の間に沈黙が流れる。

「あそこはまだ弱小だ。メリットがないだろう。潰したとて」

「……理由を言うのはあえて止めておこう。どうせ、お前には何を言っても聞きやしないだろう」

久作はレッデストジュースとエモーショナルアンプルファイアを注射した。

「やはりお前は邪魔ものだ。事務所長ならば、ここで潰しておくべきだ」

塔は笑った。そして、レッデストジュースを注射する。

「協力出来たらするつもりだったか。やはり、君は馬鹿だな」

感情が暴走して具現化しだす。部屋の中に非現実が立ち込めた。

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