第5話『おはよう』
緑川は目を覚ました。何があったか、あまりよく覚えていない。私、何したっけ。ゆっくり目を開く。目線の先には眠っている赤羽の顔。頭の後ろが温かい。
「……へ……?」
顔に血が昇る。そのせいか頭がズキンと痛んだ。緑川は頭を左手で押さえた。赤羽は疲れのせいか目を閉じて眠っている。
「緑川ちゃん起きた〜?おはよ〜」
緑川が声の方に首をひねる。運転席の紫米が顔をのぞかせている。今朝見たものと変わらない。
「……赤羽さん……」
緑川はまた赤羽に顔を向ける。じっと見る。緑川は少しだけ思い出した。赤羽のことだ。赤羽は大怪我をして気を失っていた。でも今、緑川の目の前にいる赤羽はそんなことはない。喜べば良いのか、どうすればいいのか緑川はわからなくなる。
「心配?大丈夫だよ〜。赤羽ちゃんの怪我はもう治ってるよ〜。夢のエネルギー舐めないでよ〜?」
夢のエネルギー。緑川は上半身を起こし、車のシートに座る。来た時とは違う車らしい。座っていて見える景色が、来た時と違った。
「赤煉瓦の部隊の人たちはこういうところまで用意周到なわけさ〜。他の夢喰の事務所とはわけが違うの〜」
紫米は笑って言う。緑川が心配しているのはそこではない。緑川が訊いた。
「赤羽さん……怒ってないですか……?」
「赤羽ちゃんが?怒ってないよ〜。むしろ緑川ちゃんに感謝してるぐらい」
緑川は首を傾げる。
「確かに、あの状況を作り出したのは緑川ちゃんだけどね〜。それを打破しちゃったのも緑川ちゃんだから〜」
その糸目で語尾が伸びた言葉を聞いた緑川は、赤羽を見る。赤羽はまだ眠っている。戦っていたときの荒々しさはどこにも見えない。助手席のドアが開いた。ドアを開けて入ってきたそれは、茶髪のメガネをかけた女だった。
「よ。紫米ちゃん。それとお疲れの赤羽ちゃんに、新入りちゃんの」
「緑川です」
茶髪の女は紫米、赤羽、緑川と目を移動させて一人一人、名を確認していく。
「私は
黄来は助手席に乗り込んで来る。左手が見えると、同時にそこに持っている紙袋の姿も見えた。
「飲み物いる?紫米ちゃんにはコーヒー。アイスでよかった?緑川ちゃんはわかんないからとりあえずホットココア持ってきたよ。チョコとかは好きかな」
手足をちょいちょいと動かしながら、質問しているのか独り言なのか分からないほどに他人の言葉が入る隙間がない喋りを黄来が披露する。少し混乱している緑川。アイスコーヒーを飲む紫米。未だ眠っている赤羽。
赤羽が目を覚ました。眠る前まで肘を置いていたドリンクホルダーにアイスコーヒーが入っているのを確認した。それだけで赤羽は誰が来たのかということがわかった。
「黄来だな。バイト帰りか?」
赤羽の言葉を聞いて、黄来は背筋をひゅっと伸ばした。
「赤羽ちゃんおはよう!なんか緑川ちゃんが心配してたけど」
赤羽は隣を見る。そういえば膝に寝かせていた緑川がいないと思えば、座って寝ている。手にはカフェのホット用のカップが持たされている。
「寝ちゃったみたいだよ~。赤羽ちゃんが起こるから~」
糸目の向こうの瞳が緑川を見つめている。赤羽は、こぼしてはいけないと緑川の持っていたカップを取る。熱くはない。ぬるくなっている。しばらくたっていたのだろう。
「で、今は何してたの?」
「きゅうけいちゅ~。丁度、黄来ちゃんがちょうどバイト終わりの時間だったからね~」
「そ!奇跡じゃない?灰壊の鎮圧が終了した時間と、夢中治療、そして移動時間まで込みで11:30の2分前!大体だよ?大体。でもすっごく近い?」
黄来の言葉は留まるところを知らない。そのうち緑川が起きる。
「あ、緑川ちゃん」
「緑ちゃん。起きた?おはよー」
「ん……おはようございます……」
緑川は目をこすりつつ、うとうととしながら赤羽を見る。
「ところで、もう報告はしたの?」
黄来の言葉に、赤羽と紫米が顔を逸らす。緑川は二人を交互に見る。
「いや~……」
「いやー。ね?」
二人とも報告をいやがっている。嫌な思い出しかないのだろう。紫米がまず口を開いた。
「ま~ここはね~。新人ちゃんに教育として、ね~」
赤羽がそれに反応する。
「緑ちゃんにこれをやらせんのは酷じゃないか……?」
緑川は二人の言葉を聞いて行った。
「じ、じじ、じじゃあ、私が、や、や、ぁ、り、やります」
緊張もあってかいつも以上に言葉が途切れる。紫米がトランシーバーを渡し、小声でがんばれ、と言う。赤羽はというと心配そうな目で見つめている。緑川が若干震える指先でボタンを押した。
「なんだ」
ノイズのようにも聞こえる、低い声が聞こえてくる。緑川は緊張で涙が堪えきれなくなってきている。震える声で言った。
「きゅ、久作さん……灰懐した……青葉さんについて……」
「そんなことは知っている」
ぶるっと震える。涙ぐんだ声が息に変わる。ぽろぽろと涙が零れる。赤羽がそっとそれを受け取った。
「はい。変わりました赤羽です」
緑川は、恐怖と自己嫌悪に溺れてしまいそうだった。紫米が緑川の頭を運転席のシート越しに撫でている。
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