第4話『一次鎮圧戦:二輪の赤と緑の花』

 今、赤羽と緑川と紫米しまは現場に向かっていた。どうしてこうなったか。根源である緑川ですらもよくわからなかった。


「緑川!どういうことだ!」

部屋を出る前のこと。緑川は赤羽にまくしたてている。怒りが隠しきれず、思いきり怒鳴っている。緑川は涙ぐみ、震えている。

「とりあえず、事情は後だ。現場に行くぞ。お前も鎮圧メンバーだ!」

緑川は言葉を発せないまま、走る赤羽の後ろを追う。


「新人さんなんでしょ〜?こういうミスもあるって〜」

「でもだなぁ……」

車を運転している紫米という女の言葉に赤羽は詰まる。紫米は今度は緑川に喋る。

「大丈夫だよ〜白菜ちゃん。失敗は誰にだってあるからね〜」

「……」

緑川は無言だ。今日が始まって、部屋を出てからずっとそうだ。

「ほら。緊張ほぐして〜?私、紫米 西香。紫米ちゃんって呼んでね〜?」

緊急事態とは思えないほど気の抜けたようなというべきか、語尾の伸びた言葉で言う。糸目で髪は長く、性格も優しいように思える。表情も笑っている状態から変わりはしない。

「ほら。緑川ちゃんは優しすぎるんだよ〜?もーっと殺しやすいのから~……いや、青葉は殺しやすかったかもね~」

紫米は、はははと笑っている。今どのような状況なのかわかっていないのか。

「とりあえず、緑川ちゃんこれ初めてでしょ~?私たちもそうそうこんな状況ならないからちょっと戸惑ってるんだけどね~」

「私のせい……」

「違うよ~。赤羽ちゃんがちゃーんと説明してなかったのが悪いの~。あの青葉ってやつがどんな男なのかってことをね~。私も赤羽ちゃんも一応あれの被害者なんだから~」

「被害者……?」

緑川は赤羽のことを目だけを動かして見る。赤羽はよくわからない表情をしている。緑川に対してとった態度を今更ながら反省しているのか。被害とやらを思い出して悪い気分になっているのか。

「あ、あと、灰壊ってのも説明しなきゃかな~。灰壊ってのは~、夢を見ることができなくなった人間が変異する現象なんだ~。まるで原型はない。でもその人を知っている人ならそれがその人だって認識できる。不思議なんだよね~」

緑川は心音がうるさくて耳に言葉が入ってくる気がしなかった。

「それで、灰壊した人間はね~。周りを無差別に襲うんだ~。それで夢の核をむさぼり食うんだよ~。目的はよくわかんない。ただ本能的な動きなのか、それとも夢を取り戻そうとしてる?それとも~」

車のボンネットが突如大きな声を上げる。フロントガラスが崩れ、車体が大きく揺れる。緑川は叫ぶこともできなかった。赤羽も動揺している。

「私の義足が欲しかったのかな~」

紫米は足を潰されてもジョークを言う余裕があるらしい。

「二人とも。これ打って~。赤羽はこれも欲しいでしょ~?」

緑川には緑色のカートリッジの注射器。赤羽には緑色を一本、赤色を二本。それぞれを紫米が渡す。赤羽が真っ先に飛び出すのを見てから、緑川はそれに遅れて出ようとする。

「あ~待ってて緑川ちゃん。いったん赤羽ちゃんのを見てようよ~」


巨大な怪物。触手をいたるところから生やした、人型の怪物。三階建ての建物ぐらいあるだろうか。黒、白、そして灰色のみで構成されたそれは、もともと病院で合ったそれの上にたたずんでいた。触手をうごめかせながら、赤羽はそれに向かって走りながら、さきほど紫米から貰った『レッデストジュース』二本を首に打ち込む。一本のときとは格段に違う効果。血流が音速を超える勢いになる感覚。痛みさえも感じるぐらい。首の血管が浮き出て、目は血走る。痛み、苦しみ、興奮、そして微小の快楽。普通の人間であれば耐えきれない身体的、精神的な負荷。赤羽はそれに耐えている。怪物が赤羽を見つけたらしい。それを見てから赤羽は跳躍。人間離れした高さ。垂直飛びにしては高すぎる。そしてそのまま、緑色のもの。それは『レッデストジュース』と同じ、首に打たれる。

「嗚呼……殺す……」

赤羽の感情が高まっていく。赤羽の中でも、最も大きなもの。殺意。

「ああならないと、灰懐した人間には攻撃が通らないんだ~。緑川ちゃんが行くときも、それ打ってね~」

紫米の言葉に緑川はその注射器を見る。そしてまた赤羽を見る。赤羽は怪物になったそれめがけて真っ赤に染まったナイフを投げた。怪物に直撃する。怪物はナイフと比べてはるかに大きい。だが、それでも怪物は大きくリアクションする。赤羽が追撃を入れようと地を蹴り、飛んで接近しようとした。

「あの怪物はどうやら怠惰と強欲にたけているらしいね~。青葉らしいな~。あ、新入社員ちゃんのために簡単に言うと、動かない。それで周りにあるものは何でも利用する。あの怪物はそんな戦闘スタイルってこと~。赤羽ちゃんの戦闘スタイルじゃあちょっと分が悪いかな~」

怪物を見ながらカリカリと鉛筆でメモを取っていた紫米が言う。怪物に接近した赤羽はナイフで切りつけようとする。それに怪物はがれきを叩きつける。

「かっ、ぁ」

右上からたたきつけられた赤羽は駐車場のアスファルトの上を初めは布切れ、それからは血痕を残しながら滑る。出血の勢いが凄まじい。それでも立つ赤羽の表情は、人間が表現でき得る最高の恨みの表情。言うなれば憎悪。弱りながらも怪物へ向かう。

「この殺意どうやって収めさせてくれよう……」

勝手に口が言葉を連ね始める。感情が高ぶりすぎるが故だ。

「死ね」

感情が高まれば高まるほど、力は増す。力が増した斬撃は、科学的な、物理的な理屈を無視して空気中を移動して怪物に向かう。直撃すればそれは爆発を招いた。派手な戦闘。緑川は紫米に聞いた。

「あの、し、し、紫米さん。赤羽さんは大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃないよ~」

赤羽はまた飛んで接近する。しかしその途中でがれきを投げられる。身動きのとりづらい空中だったためか顔の左半分に直撃する。顔面を強い力で殴られ、えぐられる感覚を覚える。赤羽はそこで落ちた。起きてはいる。体が動かない。緑川はそれを見つけると、車から飛び降りた。酷いことしかされてこなかったはずなのに助けたいと思ってしまった。そしていつのまにか、赤羽の近くまで、怪物に立ちはだかるように緑川はたたずんでいた。

「緑川ちゃーん。緑色の打ってよ~」

緑川は手に持っていた注射器をみる。表面にEmotionalエモーショナル Amplifierアンプルファイアと書かれたそれ。緑川は、怖がりながらもそれを首に打った。その瞬間、いろいろなものが溢れてくる。遠い昔に心の隅に追いやった。封じ込めていたもの。悲しみ、快楽、欲望、そして博打。緑川の顔に、不敵な笑みが浮かび上がる。

「さ、どっちに賭けようかな」

言葉が連なる。怪物が触手を天へ向かって振り上げる。

「半となるか、丁となるか?」

緑川はもはや自分の身体を制御できない。

「今回は半といこうか。怪物さん」

これが自分だなんて信じられなかった。手に出現したさいころを振る。怪物が触手を振り下ろす。潰される。そう思った瞬間。

「2・5の半」

触手がはじかれた。何か特別な力が作用して押し返した。赤羽が後ろで目を覚ました。

「緑川……」

緑川はその声に気づくと、顔を横に向けて振り返りにこっと笑った。そして怪物の方へ向きなおした。

「じゃあ、反撃と行きましょう。待っててくださいね赤羽さん」

今度はトランプを五枚地面に投げた。全てハート柄だ。

「フラッシュ」

それらは宙へ浮かび、一枚ずつ怪物へ飛んでいく。一枚、二枚、三枚と。ただの紙切れのように思えるが、怪物にはとても大きな効果があるようだ。しかし、怪物ががれきを持ち出した。がれきに対しては効果がないようで、はじかれてしまう。

「ああ……がれきをどうにかしないといけない」

がれきが飛ばされてくる。直撃してしまうと緑川が目をつむったとき、爆音がなった。がらがらとがれきが破壊される。

「大丈夫だよ緑川ちゃん。私が撃ち落とすからね~」

後ろから紫米の声が聞こえた。後ろを向くとかがんだ状態で大きなロケットランチャーのような銃をもっている。腕で胴体を引きずってきたのだろうか。声と腕が震えていて、目からは涙が零れそうになっている。そして、服には血がにじんでいる。それでも笑顔は崩していない。緑川はそれを見て。ありがとう。といった。緑川はまたトランプをしいた。

「ストレート!」

五枚のトランプは、今度はトランプが一列になって怪物に向かって進む。怪物が投げつけるひときわ大きながれきを紫米が砕く。トランプが怪物に直撃する。怪物がうろたえる。

「緑川ちゃんよくやった。もうすぐ勝てるよ~」

途端。緑川が倒れる。

「……ま、大丈夫か~」

触手が振り上げられる。危機的状況。だというのに紫米は変わらずいる。

「ね。赤羽」

触手がナイフではじかれる。紫米に治療されてある程度回復していた赤羽。素早く怪物の懐へもぐりこんだ。


「今回大変だったね~。赤羽」

「うん……疲れたなー……」

その辺にあった車を借りて紫米たちは寮へ帰っていた。緑川は赤羽に膝枕をされて眠っている。

「緑川ちゃん。案外すごい力持ってるんだね~。びっくりしちゃったよ~」

「ああ……お疲れ様。緑川」

後始末は別の部隊。怪物の残骸は殺されたのちに跡形もなく消えた。仕事は一件落着。

「……あと何か仕事残ってたっけ」

「久作さんに報告しないとだね~」

「私はパス」

「私もいやですよ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る