第3話「新しい部屋」

 ナイフを持って緑川は部屋に入った。赤羽がそれを見る。おずおずとした様子を見ながら、赤羽は駆け寄る。

「大丈夫?うまくできたよね!」

脅迫的にさえ思ってしまった。きっとただの、慰めというか、心配というか、そういうのだろうと緑川は思った。

「は、はい!ほら、で、でで、で、で、できました」

いつも以上にどもる。緊張のせいだろう。血の付いたナイフを差し出しながら言った。赤羽はそれを見るとにこりと笑い、緑川の頭をわしわしと撫でた。緑川は一瞬ビクッとおびえるように反応した。だが、すぐに撫でられているだけだと思って口角を上げた。赤羽はボスっとソファに座り、液晶の薄型テレビの電源をつける。

「いやぁ実質初仕事お疲れ様。あんとき私が奪っちゃったからねぇ」

「ありがとう、ございます……?」

緑川は何か不思議な感覚を覚えていた。さきほどまで恐ろしい印象だった女が、今は優しく見えてしまうのだから。緑川は赤羽の隣に行って座ってみた。そしてテレビを眺める。二人とも、情報をくみ取る訳じゃなく、ただ眺める。タレント、芸能人が笑いながらクイズをしている番組。赤羽がリモコンを取ってテレビの電源を消した。

「見苦しい」

緑川はテレビに見るものがなくなると、赤羽をじっと見る。座高も身長も少しだけ高いので若干見上げる形になっている。

「ん、どうした。見たかったか?」

「あ、いや……」

緑川が見上げていたのはそういうわけではない。ただ、言えることでもなかったらしく、少し考える。

「ちょっと……その」

「何?言ってよー?」

今は、年齢はわからないが、少し年上のお姉さんという印象だ。年上だが、思い切って言ってみることにしてみた。

「……ちょっと……くさいです……」

赤羽はそうか?と言わんばかりに自分の服をかぎ始めた。そして、これはひどいと言わんばかりに顔をしかめる。緑川はその一連の動作に口角が緩んだ。

「ごめんな!ちょっとシャワーでも浴びてくる!」

赤羽は小走りにシャワールームへ行った。きっとここは、本来二人で住むようなことを考慮していないとしか思えない部屋だろう。それでも狭すぎるというわけでもないが、一軒家で一人で住んでいた緑川にとっては少し窮屈に思えてしまうだろうか。緑川はそんなことを考えながら、今日あったことを回想する。何があったっけ。夢喰の初仕事があって、赤羽さんに取られた。でも、思ったより赤羽さんは優しい人だった。目の前で人殺したけど。こんなところが印象深かったせいで、バイトのいやなことや、遅刻したことも忘れてしまった。家が燃やされたことさえも遅れて思い出したのだ。部屋を見回すと、私が持っていたものが設置されている。赤羽さんが配置しておいてくれたのだろう。私が青葉さんに時間をかけている間に。赤羽さんはあんなに優しいのに、どうしてあのときはすごい凶暴なように見えたんだろう。緑川は少し考えたあとすぐ、考えることを止めた。どうせ考えてもわかりっこないのだから。


赤羽がバスルームから出てくる。

「もうこれで臭くはない……はず。しばらく裏路地にいたから臭かったのかもな」

下着だけつけて緑川の視界に現れた、正確に言えば緑川が視界に入れた赤羽は、筋肉質な体を露呈していた。緑川は少し赤らめる。何か不思議なものを少し感じたらしい。

「どーしたの緑ちゃん?なんかあった?」

赤羽が緑川の隣に座る。緑川は少し戸惑ってから、話題を出した。

「あの……ち、ち、ちゃ、ち……ぃ、ちゃんと、自己紹介とかしてなかったなって思って」

「ん、そうか?そうだなぁ」

赤羽は納得したようにうんうんと頷いた。そして自慢げな笑みを見せて言った。

「私は赤羽 東子!25の若い夢喰だ!」

続けて緑川。

「私は緑川 白奈です。23歳です」

緑川の予想通り、赤羽は緑川より歳が大きかった。

「そうか!よろしくな!緑ちゃん!」

そういえば名前を語った覚えはない。そんなことを思いながら、名前を呼ばれたので返そうとする。

「はい、と、と、とう、と……」

赤羽が首を傾げる。緑川は単語を変えた。

「赤羽さん」

「ああ、よろしく!」

赤羽が手を差し伸べてくる。若干怖くもあったが、それにこたえるように私は手を取った。そして、若干乱暴に握手をする。

「で、緑ちゃんってどうして夢喰になったんだ?」

「……私」

緑川はゆっくり口を開いた。

「吃音を持ってて、それで、バイトも仕事も上手くいかなくて……」

「ふぅん。吃音。よくわかんないな」

緑川にとってはそうである方がよかった。無理に理解しようとする相手、理解したような口を叩く相手ほど苦なものはない。

「それで、赤羽さんの名前も言えなくて」

「え?気にしてんの?でも、赤羽って言えてんじゃん」

いつもだったらこういうことがあると、申し訳なくなるものだが、赤羽の場合そうでなかった。何か安心できたような気がした。どうしてだろうか。緑川は。ありがとうございます。と小さく言った。

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