第2話『家』

 帰路につく緑川。とぼとぼと歩き、地面に涙を溢している。幸い、仕事が来ることは少ないのでつらい思いをすることは少なそうだ。家に着いた。ガチャっと玄関を開ける。

「あ。おかえりー」

さっき見た女が、赤羽がピラッピラッと万札を数えている。緑川はいないはずの女を見て少し声を上げる。先程の女。今まで家にいたことのない女。あの狂った女。それがそこにいる。

「えっ、ど、どど、どう、どうしてここにっ、くさっ」

さっきは気づかなかった異臭。それでソファに座らないでほしいと緑川は思った。

「なぁになに?驚いてんの?通信あったの知らない?」

「え……つ、つ……何かあった?」

少し考えてから言い直す。

「ん。えぇっとねー……お前ら、赤煉瓦事務所アカレンガじむしょの夢喰の寮ができた。各自、そこで暮らすように。だってさー!」

喉を押さえて低い声を作って言った。久作という男のまねだろうか。見ている限りでは、さきほどまでの狂気はそれほど見えない。

「で、私が新入社員ちゃんを迎えに行けって言われたわけよ。ささっと荷物まとめい!」

「えっ、え?」

「手伝うからな!」

「待ってよ!?」

まだ状況がつかめていない緑川は赤羽に半分叫ぶように言った。


何もわからないまま、荷造りが終わった。スーツケースとリュックに詰まった荷物。家具は置いていくことになった。

「じゃ、行くよー。早く出てきてー」

赤羽が外で声をかけている。緑川も小走りに出てくる。荷物が重くて、少しの距離でも息切れする。

「はぁ、はぁ……はい……」

「よし。じゃあ焼くか」

「え」

赤羽はライターを取り出した。

「大丈夫だって!ガソリンはもう撒いた」

フッとライターを家の中へ投げ入れた。

「え」

「ッシャ逃げんぞ!」

「え」

緑川は赤羽に腕を引っ張られて走りだした。証拠隠滅のため焼いた、夢喰の住んでいた家はどんどん遠くなっていく。


緑川はびくびくとした様子で赤羽の隣を歩いている。改めてこの夢喰という職業がどれほどのものかを知った緑川。つい最近まで一般人だったというのにこうなってしまた。

「そういえば、緑ちゃんって夢喰のことについてそんなに知らないんだっけ。じゃあ一から教えてあげよう!」

緑ちゃん。いきなりフレンドリーに接されて緑川はすこし驚いた。

「まずはねぇ。私たちの言う大きな夢っていうのは、大きく、不可能である野望とか願いとか、そういうものなんだよ」

不可能。あの男の子のことを思い出す。不可能だったのかと思う。

「で、夢の核っていうのは、夢が大きければ大きいほどエネルギーが大きいんだ!その夢のエネルギー。文字通り夢のエネルギーなんだ」

文字通り。

「でも、夢の核を取ることっていうのは違法なんだよ。だから、私たち裏の仕事人、夢喰が取ってるの!」

どうしてこんな仕事をはじめてしまったのだろうか。緑川は若干の公開をする。緑川は言った。

「あの、久作……さん?って、上司みたいな感じなんですか?」

「そ!久作は上司!赤煉瓦事務所の創設者!」

色々聞きたいことがたまっていく。

「じゃあ、ど、ど、う、どうして」

「お、ついたよ!」

言葉がさえぎられる。指さしている先には、小さなアパートのようなものがあった。


私の部屋。というより、私たちの部屋らしい。八部屋あるうちの半分ぐらいは別の用途で使われるらしい。だから、一部屋二人。かん、かんと金属の階段を上っていく。

「お。きみ新入社員くん?」

正面から男が歩いてくる。タレ目で長身の男。ポケットに手を突っ込んでいる男。かっこつけというふうにも見えない。どこかつかみどころのないようなイメージを持つだろう。

「赤羽ちゃん。どうなのよ」

「ああ。新入社員だよ。名前は」

「緑川!緑川白奈です!」

元気よくあいさつでもしていいイメージを持ってもらおうとしていたのだろう。緑川は男に自己紹介をした。

「元気でいいねぇ。俺は青葉あおば あたる。赤羽ちゃん。ちゃんと教育してやってよねぇ」

赤羽はニッと笑った。

「わぁってるよ。今から仕事を見せてやるもんね」

「へぇ。仕事入ったのかい?」

瞬間、赤羽は青葉の頭上にナイフを投げた。何か固いものが当たった音がする。青葉は遅れて反応した。

「な……何を?」

次の瞬間に、赤羽は青葉に右フックをかました。左側にあった壁と赤羽の拳に血がこびりつく。青葉はだらんと脱力して、緑川は怖がり、涙をこらえている。

「赤羽さん……?何してるんですか……?」

「緑ちゃん。覚えといてよ?」

赤羽は弱った青葉を見下しながら、緑川に言った。

「夢の核を奪ったあとは、早急に殺せ。でないと面倒なことになる」

緑川の方を向いたその表情はにこやかであった。

「じゃ、実質最初の仕事だ。こいつを殺しといてくれ」

赤羽は言い、奥の方に落ちた夢の核とナイフを取った。そしてナイフだけを緑川に渡し、二人を置いて部屋に入ってしまった。目の前にだらんとくたびれている男。緑川は、震える手でナイフを振り上げた。

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