裏路地街の夢見鳥
東 南我
第1話『夢喰』
今宵は新月の夜。眠るには絶好の日だ。そんな裏路地、ゴミ箱をガサガサと漁る音が聞こえる。
「……なにこれぇ。消費期限切れ?全然食えんじゃん」
黒髪をきらりとさせる
「なに仕事!?こちら赤羽!」
元気でよく響く声とは対照的に、トランシーバーの向こう側の男は、低い、重く気だるそうな声で言う。
「仕事だ。すぐに、取り掛かれ。ターゲットは
「言われなくとも!久作さん!」
低い音。ノイズ。おそらくため息によるものが聞こえた。
「返事をする暇があるなら、さっさと行け」
「すみませんねぇ!でも、返事ってのは大事だって」
ブツっと切られる。眉間に皺を寄せるが、舌打ちをするだけで抑えた。くるくるとペンを回すようにしてから、カートリッジの注射を首の横に打つ。『レッデストジュース』と呼称されるそれ。リスクとリターンがあまりにも見合わない。そして、数秒後に溢れる感情。様々な感情。痛み、興奮、恍惚、性、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。青、赤、緑、桃、全て混ざって黒に。狂犬病の犬のように息を何度も、何度も、大量に吐く。
「あぁ……殺す!」
裏路地を挟む壁と室外機を飛び移りながら上空へ。身体能力はもう、人間のそれではない。
一般的な一軒家。気弱そうな見た目の
「仕事だ。お前にぴったりの簡単な仕事」
「は、はい!」
その低い声に返事をする。今度は威圧のような声が聞こえてくる。
「返事をしろとは言っていない……」
最後の発音の余韻が、猛獣の唸り声の方に聞こえる。それに怖がり、また縮こまる。
「ターゲットは舎楊病院の3階、右棟だ」
驚き目を見開く。
「しょ……小児科の……」
「入院中のガキなら簡単だろ。さっさとかかれ」
「で、でで、でも、でも……」
通信が切れる。こんなの聞いてない。子供なんて、聞いてない。だが、緑川は怖くなった。逆らえばどうなるか。仕方なく、支給された
タッタッタッと走り、舎楊病院が見えた。まだ明かりはついている。緑川は三階を見上げた。眼鏡のレンズ越しに、夢が見えた。男の子が走り回る夢。夢らしく、特に子供の夢のように、生合成のない夢。友達だろうか、親だろうか。テーマパークだ。動物園だ。
「……」
男の子がこっちに気づく。少しびっくりしてから
「こっ……こんにちは」
と挨拶をする。
「っ、こ、こ、こんにちは」
思わず挨拶を返してしまった。男の子を見て。もう、夢を奪るなんて、できる気がしなくなった。
「……ねぇ、き、き、き、きみ」
笑われないかな。
「えっと、き、きみのことを狙っているのがいるんだ」
次。ゆ。ぽかんとした様子の男の子に、頑張って言おうとする。
「ゆ、ゆゆ、ゆめ、ゆ」
一旦深呼吸をする。大丈夫。大丈夫。大きく息を吸ってから言った。
「夢喰が」
ひゅうっ。風が吹いた。怖くて少しうつむく。だめだ。せっかく言えたのに、また男の子の方を向いた。いない。いなかった。男の子は、死んでいた。病室の中で、女にナイフで滅多刺しにされている。緑川は思わず叫んだ。泣いた。女、赤羽が向いた。
「ねぇ……あんた新人?」
泣いていては返事もできない。したくもない。でも、頷いた。
「ふーん。残念。私が先に奪っちゃったー」
恍惚、狂気の表情。高笑い。手には宝石のようにキラキラと輝く石があった。
「じゃ、次は奪れよ。退社は許されねぇ」
女は窓から消えた。泣き止めない。嗚咽する。つらい。でもやめられないらしい。緑川は心の底から後悔していた。
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