第10話
程なくして式場になる王城に着いて。お父様達と離れ、賓客らしく休憩用に用意された個室に案内された私達を、訪ねる人がいた。
「──久しぶり、アリーシャ。ロザリアは準備に時間がかかっているから挨拶は控えさせてもらうよ」
2年ぶりに会ってもその黄金の髪と青い瞳の変わらない、ルドルフ殿下。
目の前にしたらどんな気持ちになるだろう、そう思っていたけど問題は何もなさそうだ。だって、今の私は殿下を幼馴染の兄のようにしか感じなかったから。
「お久しぶりです、ルドルフ殿下。本日はご招待いただき、ありがとうございます」
「……お初にお目にかかります、ルドルフ王太子。連合王国第一王子、ヴァルンフリート・ギズルフ・ユナイトです。友好国としてご招待いただきありがとうございました」
「公式の場ではないから、気を楽に。ふたりとは今後も友好関係を築きたいから今のうちに本音で話しておきたい」
王国内ではルドルフ殿下の方が優先されるので、私達はお言葉に甘えて肩の力をほんの少し抜いた。
「ルドルフ殿下、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうアリーシャ。君も婚約おめでとう。ヴァルンフリート殿、どうかアリーシャをお願いします。テオにも散々言われているとは思うけど」
「ルドルフ殿、アリーシャは俺の唯一です。彼女は俺が幸せにしますので、ご安心を」
ヴァルの発言に私は思わず顔を赤くしてしまったし、ルドルフ殿下は肩を揺らして笑ってしまった。なお、ヴァルは真剣な顔をしているのでさらに恥ずかしいし照れてしまうし、嬉しいのは言うまでもない。
「うん、うん。テオから聞いてた通りだ! 連合王国の秘蔵の第一王子は、可愛らしくて清らかな妹にベタ惚れっていうのは本当らしい」
「テオ兄様ったら、ルドルフ殿下になんて事をご報告しているんですか」
「そのテオもエリサ嬢にベタ惚れなんだから、やっぱり心の伴う相手って素晴らしいね」
ルドルフ殿下は胸に手を当てて噛み締めるように微笑んだ。
王国は去年、エリサ義姉様の生家である男爵家と商会が関与した海を隔てた友好国からの贈答品の偽造、それに伴う友好国との信頼関係改善……エリサ義姉様の無実の証明はテオ兄様が独断で行っていたそうだけど、王太子夫妻としてルドルフ殿下達はひとつひとつ解決するために忙しい日々を過ごしていたそう。
ルーテン公爵家はテオ兄様の後援に回り、私達が知らない間にお爺様も伯父様達に代わって手助けしていたみたい。なるほど、だからお義父様達が気にかけていてくださったのね。と昨夜話を聞いた私の言葉に、テオ兄様は少しだけ申し訳なさそうにしていた。
「それで、ルドルフ殿。本当にご挨拶だけ、ではないのでしょう? 連合王国の代表としてお話くらいは聞きますが」
微笑んだまま、ヴァルはルドルフ殿下にそう告げた。その金色の瞳はまるで刃物のようにきらりと輝いていて、ちょっとだけかっこいいと思ってしまった。だって私の手に手を重ねながら言ってるんだもの、ひょっとしなくても私を守ろうとしてるのが分かってしまう。
それが嬉しくて、安心する。だから私もルドルフ殿下に微笑んだ。ヴァルのとはちょっと違うけど、お力になれるか話を聞きましょう、と王族の一員となれるような淑女らしく。
すると、ルドルフ殿下は驚いたような顔をしてから、ふにゃりと笑った。
「本当に、妹のようなアリーシャと連合王国の第一王子にご挨拶だけ、だよ。あるとしたら連合王国に弟と妹を留学させたいと思っているくらいでね、特に弟は王弟として僕を支えたいって言っているから色んな事を学ばせてあげたいんだ」
ルドルフ殿下には10歳離れた第二王子と第一王女、男女の双子のご兄弟がいらっしゃる。なお私は面識が少ない。一応、第二王子殿下は体が弱くあまり外に出られない、という事になっているし後宮から公式的に姿を出さない事で王太子はルドルフ殿下であるとアピールしているからだ。
ちなみに本当に体が弱いのは王女殿下だそうで、第二王子殿下は片割れが心配だからと外に出ない生活でも問題ないと言っているそう。これは、おふたりと面識のあるテオ兄様がこっそり教えてくれた。
「なるほど、父にもそれとなく伝えましょう。ただ、公式的な順序で打診しろ、とはなりますが」
「分かっているよ。体調面に難のある子だから、留学させるならどこの領が良いかと悩んでいるんだ」
「……であれば、北方領か北東領はいかがでしょう? 北方領は私の祖父もおりますし王国から一番近い土地で、何より湯治も出来ます。しかし寒いのが難点です。その分、北東領なら涼しく牧歌的な避暑地として有名ですし、空気も美味しい場所。ただ、観光地の側面が強いのでゆっくり出来るかは分かりません」
私がそう答えるとルドルフ殿下は嬉しそうになさった。
「本当に、王族らしくなった。アリーシャ、これからは大きな責任を背負うだろう。でも、君が選んでいくんだね」
私が、選ぶ。
その言葉がすとん、とまるでぽっかり空いていた本棚にぴったりと収まるように、私の心に届いた。
ヴァルは私を選んでくれた。それに応える為に、ヴァルの傍に居られる為に、この2年を乗り越えた。でもそれは、私が選んだ事だ。
「アリーシャ」
名前を呼ばれて、ヴァルを見た。心配の色を灯した琥珀の瞳が私を見て、そっと頬に指が添えられる。
その指に優しく拭われて、私は泣いていたんだと分かった。
「──ヴァル、大丈夫。嬉しいだけなの。貴方とこうして傍に居る事を選んだ事を、もうひとりの兄に祝われたのよ?」
肯定されて、祝われて、嬉しくない訳がないでしょう?
だって私が好きなのは──私を選んでくれて、私が選んだ人。
今この時、私の涙を拭って微笑んでくれる、ヴァルなんだもの。
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