第5話

 北方領に来て数日。昨日までは魔法学院で必要なものを揃えて、制服はグレーのジャンパースカートに揃いのボレロ。涼やかな水色のリボンは北方領のシンボルカラー。厚手のタイツに膝下まである編み上げブーツのスタイルに決まった。今は雪深い季節なので指定のロングコートをこの上から着るけど、こちらも大人っぽくてかわいい。

 いくつかある形から試着を重ねてお婆様と選んだけど、結局いつもの私服に近いかもなぁ冒険すればよかったかもなんて思った。でも、お爺様の孫として恥じない姿ならいいかと納得する事にした。

 学院の転入まで日があるので今日は城塞都市を実際に歩いてきなさい、とお爺様からの勧めでヴァルとふたりでお出かけする事になった。

 デートなのかなと思ったけどお爺様は護衛だって言ってたし、などなど悩んでいたところをお婆様に「おしゃれしてお出かけしなきゃね」なんて言われたら、ちょっとは意識してしまうもので。

 お婆様と侍女長さんと一緒に少し悩みながら決めたアイスブルーのワンピーススタイルで、幼な過ぎないかと不安な気持ちを募らせつつも玄関で待つヴァルの元へ向かった。


「ヴァル、お待たせ。少し時間かかってごめんなさ……あれ?」


 いつもフードを被っていたヴァルは、珍しく黒い耳と琥珀色の瞳を隠す事なく少しかっちりとしたスタイルだ。まるでどこか良いところのお店にでも行くような姿で、どうしても町娘になりきれない私に合わせてくれたのだろうか、と不安になる。

 ヴァルは困ったように笑いながら、私の手を取った。その所作は自然なもので、テオ兄様と同じ貴族さながらの美しさすら感じたのは何故だろう。


「アリーシャ、行こう。城塞都市は見るところが多いんだ」

「え、ええ! あ、ヴァルが学院時代に設計したっていう倉庫とか見に行きたいの。そこも案内してね」

「あそこか……というか誰から聞いたんだよ、仕立て屋か?」

「そう、ヴァルの設計案を元に後輩の自分達が建てたんだって、ヴァルはすごいって言ってたわ」

「……それだけ?」


 すごく不安そうな声色で、ヴァルはそう言った。そうだけど、と私が頷くとほっと安堵のため息をついたので尚更もう分からない。

 私の顔で何か察したのか、ヴァルは気にすんなと笑ったのでそうする事にして。私達は町へと繰り出した。

 来た時とはまた違う、活気の溢れる町。観光客と学院の生徒と商人、採取や護衛に調査や害獣の討伐などを請け負う冒険者と呼ばれる人達が生活の拠点にしているので、毎日賑やかなのだとヴァルは説明してくれる。

 冒険者や観光客向けの出店で売られている、大ぶりな鳥の足を燻製にしたものを焼いた料理や温泉のお湯で茹でられた卵を食べた。卵は味を付けていないのに美味しくて特に好きだったけど、ヴァルはあれもこれも、と食べさせてくるので文房具のお店に向かう頃にはお腹いっぱいになっていた。

 速乾性のあるインクが使われた万年筆や可愛らしい便箋を見て両親やテオ兄様へのお土産にしようと買ってしまったり、学業に関係ない買い物をしてしまったけど、とても楽しかった。

 ……そうして、もうすぐ日暮れになるので帰ろうとした時。


「あれ? 王子帰るの?」

「ヴァルおーじ、ミィたちとあそぼー!」


 と子供達に囲まれてしまった。

 見ているだけなら微笑ましいけれど、私はある言葉に引っかかってしまう。


「王子、って……?」

「おねーさんしらないの? おーじはおーじだよ?」

「ヴァル、が?」


 思わずヴァルの方を見ると、少し悲しそうな顔をしてからヴァルは子供達に遊ぶのは今度なと話して、微笑んで。

 夕暮れの町に消えていく子供達に手を振りながら、私は心の中でヴァルの事を何にも知らない自分に呆れていた。ヴァルは幼馴染だと思っておきながら、その実は彼が社会的にどういう立ち位置にいるのか知ろうともしなかった。


「アリーシャ。その、悪かった」

「それは、隠してた事について? それとも、何か別の事?」

「どちらも。ちゃんと話さないといけないとは思ってた、けど、アリーシャには俺を見ていて欲しかった。そんなの俺のわがまま、だよな」


 ヴァルは私の目をまっすぐ見た。


「帰ろう、それから全て話すから」

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