第4話

 国境から半日。北方領の防衛拠点である砦から、連合王国の転移魔法を使ってフィドルフ伯爵城塞都市付近に到着した。この転移魔法についても連合王国が誇る研究成果であり、内部構造は国家機密という事で連合王国でしか見られないものだ。

 荷物を積んで城塞都市に入る頃にはすっかり日が落ちていた。

 オレンジに染まる城壁内の町を私達を乗せた馬車が走っていく。滑らかな石畳にも王国と同じように温度調節の魔法石が使われているとヴァルから説明を受けるけど、明かりの灯る町の人々から目が離せない。

 獣人やエルフ、魔人にドワーフ……連合王国の人達は見た目が違うだけで王国に住む人々と何ら変わらない日常を暮らしていた。楽しそうに、賑やかに、一瞬を生きていて。

 不思議な香りと蒸気に混じるそんな姿が、どうしてか眩しかった。


「アリーシャ、どうだここは。この国は大体こんな感じだが、俺にはここが一番平和だと思ってる」

「そうね、なんだかあったかくて……とても素敵だと思う。お爺様達が、みんながこの町を愛しているのが伝わって来るわ。もちろんヴァルもでしょう?」

「ああ。フィドルフ伯爵家も領民も、この土地や生きるもの達を大切にしてる。貧しくても助け合うし、例え違う意見を持った相手がいても否定する事はせずにその意見を受け入れてから語らう。それを守る事でこんな土地でもみんな暮らしていけるんだ」

「私も、その輪に入れるかしら」


 お母様はその思想に準じた人なんだと聞いた今、分かる。テオ兄様と私が喧嘩をした時は、相手の話をよく聞いて何が嫌だったのかを知りなさい、自分は嫌ではない事も相手には嫌な事もある、他人の痛みを知りなさい、とよく怒られていた。

 だからこそルドルフ殿下とロザリア様が想いあっていらっしゃると、私は妹でしかないと分かってしまったのだとも思うけど。


「入れるさ、あの頃からアリーシャは他人の意見を聞いて考える子だったろ」


 そう言ったヴァルはとても優しい笑顔で、この旅で幾度となくあった胸の高鳴りを感じた。



+ + +



 しばらくは他愛のない話を交わして、やっとフィドルフ伯爵城館に馬車が到着する。

 遠目では堅牢で威厳のある姿だったのに、月明かりに照らされたクリーム色に近い柔らかな印象の外壁にあたたかな光があちらこちらに灯っている姿は、とても優しい印象を受けた。

 まるでお爺様とお婆様を足したようなお城だと思いながら馬車を降りると、ちょうどふたりが中から迎えに来てくれた。事前に知らされていたのだとは思うけど。


「アリーシャ! こんな寒いとこまでよく来たわねぇ」

「お婆様、お爺様。お元気そうで良かったわ」

「実はね。旦那様はいつアリーシャが来るのかしらってそわそわしていたから、本調子じゃないの。かわいい娘のとってもかわいい孫だからお迎えの人選までしたのは旦那様なのにねぇ」


 ほわほわと私とそんな会話をするのはお婆様。私と同じ淡い青の髪をまとめていて、柔らかに笑うのはお母様と同じ。

 お母様は厳格で怖い印象を受けるお爺様に似たのでよく冷たく見られるけど、先程のお婆様のようにふんわりとした雰囲気でお話をするから初めてお会いする人はみな固まるのだそう。因みにふんわりした雰囲気なのはお父様と私もなので、ハキハキしているのはテオ兄様くらいだったりする。

 ちらりとヴァルとお爺様の方を見ると、ヴァルが深く頭を下げていた。


「ヴァルンフリート・ギズルフ、護衛より戻りました」

「うむ、ヴァルンフリートよ。我が孫娘を無事に届けた事、誠に感謝する。して、思い出に花は咲いたか」

「……報告は荷解きを済ませてからでも?」

「よい。いずれにせよ孫同然のお前達が無事にここに着いた事が私は嬉しいのだ、まずは体を休めよ」


 薄くてもエルフの血が入っているからか、年齢を感じさせないお爺様はただでさえ威圧感がすごいのに話し方も堅めなので事務的なのかプライベートなのか分かりづらかったりする。

 ちなみにお婆様も美しい方なのでふたりが若い頃は婚約するまでに色んな事があった、らしい。それこそ恋愛小説のヒロインみたいな。

 とことん私はお母様の方の血は継いでないのかも。容姿もお父様寄りだし。お父様は容姿がいい人の多い貴族社会では普通になってしまうくらいなので、悪い訳ではないんだけど。


「さぁアリーシャ、あったかいお風呂に入りましょ? ついでに私も一緒に入っちゃおうかしら」

「お風呂って連合王国では複数人で入るのですか? 王国はご存知の通りだとは思うのですが」

「あちらじゃ浴槽に魔法で温めた水に色んな薬剤を混ぜて楽しむけれど、その分お風呂が小さいのよねぇ。こちらは大きなお風呂なの。温泉って分かるかしら」

「お母様から聞きました、北方領には地熱で自然に沸いたお風呂があると」

「そうなの。北方領の人達はみんな、家族や仲間と温泉に入るのが慣習になるくらい好きでね、街の方でも湯けむりが登ってるし香ってたでしょう」


 お婆様の話からして本で読んだ「温泉郷」のような役割を果たしているらしい。鳥の卵を温泉で茹でたりする食べ物もあるとか。

 食べ物も面白いんだな、と思いつつその日はお婆様とお風呂に入って夕食をみんなで食べて、眠る事になった。

 明日は私が留学するところ、北方領の魔法学院に必要な物を揃える事になっている。王国は家庭教師が主だけれど、こちらでは他国や領地間の留学生が多い事もあって研究や学習に関する機関が整っている。

 卒業は無く、何年でも学生証を返すまでは自由に学べる、というのは平民と貴族とで学歴に差のある王国からしたら考えられない。


「──うん。私、前を向けてるよね?」


 優しいルドルフ殿下の笑顔を窓に映る月に浮かべながら、私はそんな事を口にしていた。

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