第3話
「アリーシャお嬢様、国境に着きましたよ」
公爵領から途中友人の家を訪ねたりで国境まで3日。キン、と冷たい空気で冬の北方地帯にいる事を実感する。
国境や街道は流石に物流があるから雪が積もる事が無いよう魔法石(魔法の術式が刻まれた魔力が込められた石)が埋め込まれているけれど、地面がほのかに暖かいというだけで空気は冷たいまま。
つまり、寒い。
「ありがとうトムさん、君達もありがとうね」
我が家お抱えの御者のトムさんとここまで頑張って走ってくれた馬達にお礼を言った。この旅は短い間だったけどそもそも彼らとは長い付き合いだったから、しばらく会えなくなるのは寂しい。
旅人や商人など国境を越える馬車は国が審査しなくては通れない。それは貴族も同じで、こちらの場合は国境に馬車を(日時指定で予約する等で)事前に呼び寄せておく事で審査を待つ時間を割くというのが一般的。私も例に漏れずお爺様からの使者が到着する予定だ。
迎えが来るまでは旅の人との交流や露店巡りを、と荷物を下ろしながら考えていた時だった。
「──、アリーシャ」
名前を呼ばれて振り向く。黒と金糸のローブで頭をすっぽり隠した男性が立っていた。
ローブの留め具はお爺様のフィドルフ伯爵家の紋章があるので使者のようだけど、知り合いなんて彼以外に、
「え……もしかして、ヴァル?」
名前を呼ぶとローブに隠されてた顔が少し見えて、琥珀色の瞳がキラリと輝いた。
好色に浮かぶ口角からは犬歯が少し見えて、幼さのあったかつての彼を思い出させる。
「おう、久しぶり。すっかり大きくなったなぁ」
「それはこっちのセリフよ、背も大きくなって声も低いしローブでほぼ隠れてるからお爺様の紋章が無かったら分からなかったもの」
「数年ぶりだからな、お互い……そうだ、荷物引き取りに来た。アリーシャの荷物はこれだけか?」
大きなカバンふたつを指したヴァルに頷く。必要な物はお爺様とお婆様が用意するとおっしゃってたし、持ってくるとしても移動数日分の荷物と万が一で持って来たドレスなどの一式と暇つぶしの本だけ。
「ずいぶんと少ないんだな、公爵家が色々持たせると思ったんだが」
「お爺様達が生活に必要な物は用意するって連絡くださってたし、勉強に不要な物は極力減らしたの。これでも真面目に留学しに来たんですからね」
療養が優先とは両親に言われたけど、連合王国はその成り立ちから多文化が混ざり合って様々な技術革新が起こり、領地毎に気候も暮らす人種の比率も違うから発展する物が違うというのだから、他国の留学生が珍しくないほどに学ぶ事は多いそう。
特に北方領は熱や水に関する魔法や魔道具が研究されている。水も凍ってしまえば使えないし、熱を操作出来なければ屋内ですら活動は難しい。しかも獣人の多い地域なので狩猟や作物などの食料問題は王国よりも深刻で、どこでも同じようにやはり屋根のある暖かな建物も必要になってしまう。だからこそ研究が進められているという事。
同じ北方に土地のある家で国内での地位も同等で、領民を思う当主と国同士の結びつきも相まって両親の婚姻が決まったのは必然だったのだと思う。
「アリーシャは昔から勉強するの好きだったもんな」
「昔はテオ兄様と……ルドルフ殿下に置いて行かれるのが嫌だったの。でもヴァルのおかげで勉強する楽しさを知ったのよ」
私の荷物を持つヴァルの後を付いて行きながら、あの頃の自分をつい思い出してしまった。
ずっと、ルドルフ殿下がいるなら自分も行きたいと駄々をこねて、叶わないと分かってわんわん泣いていたっけ。
そんな私に「泣くくらいならお前も勉強したらどうだ」と言ってくれたのがヴァルだ。それこそ連合王国にあるうちで難しい言語、古代魔術文字の本を読んでくれてその場で魔法も見せてくれたのは彼だった。
「今は読んでくれた魔導書だって読めるくらい頑張ったのよ」
「まさか、古代魔術文字の? あれはアリーシャが使える魔法は載ってないぞ。なんたってあれは──、」
「読めるようになってから膨大な魔力がなきゃ発動出来ないって分かったの、だからいつかヴァルに返そうと思って持ってきたわ。着いたら返すね」
「……いや、それは好きにしてくれ。後で処分するなり」
そう言ったヴァルの気持ちは分からなくて額面通りに取るしかないか、と納得する他には無かった。
「分かったわ……ねぇヴァル。迎えにきてくれてありがとう、なんだか知ってる顔があるだけでも安心したの」
話を変える事にしたけど、これは紛れもない本心だった。知っている親戚の国とは言っても初めての土地だから本音を言えば少し不安だったのに、彼を見てからはそんな気持ちも薄らいでいる。
「別に先代様から頼まれたからで」
「それでも、ひとりで露店を巡ったりするしかないのか、初めましての人と仲良く出来るかしら、とか不安だったの。露店巡りは楽しみでもあったけれど、やっぱりひとりぼっちは寂しいし心細いでしょう?」
私がそう言うと、荷物を馬車に積み終えたヴァルが私の方を見た。どこか懐かしそうな目をしながら。
「寂しんぼは相変わらずなんだな?」
「そうよ、だってひとりよりは圧倒的に楽しいもの」
ちょうどヴァルと出会う前まで私はすぐ熱を出す子だった。しばらくベッドの上が自分の世界だったからこそ、誰かと一緒に体験する事に憧れがあった。
だから、ルドルフ殿下やヴァルに優しくされて、嬉しかったのだと思う。だから、代わりに寂しがりになったのかも。
「アリーシャ……北方領じゃそんな事思う暇が無いほど楽しい事がきっとある。楽しみにしとけ」
ヴァルはそう笑って、私の手を取って馬車に乗せてくれた。
少し大きなヴァルの手にときめいたのは、きっと家族以外の異性に久しぶりに触れたからだと、思う。
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