第2話

 それから私は社交に出る元気すら無くしてしまって、母の故郷の隣国に留学という形で療養に向かう事になった。

 我が家に伝わる「水鏡」という、遠方でも連絡が取れる魔法があるので家族は心配しながら「いつでも連絡するように」と言ってくれた。テオ兄様からは、ルドルフ殿下からの音声付き手紙(手紙を鳥などに変えて飛ばす方が一般的で、音声付きは人を介さねばならないので親しい相手にしか送らないものだ)を渡されたので、隣国へ向かう馬車の中で開ける事にした。


『アリーシャ。僕だ、ルドルフだよ。君が元気を無くしてしまったから療養を兼ねて隣国、連合王国に留学生として向かうと聞いて筆を取った。勤勉で誠実な君の事だからきっと向こうでも良い出会いがあると思うし、母方の伯爵家を頼るそうだから大丈夫だとは思うけれど、いつか元気な姿を見せてくれる時が来る事をロザリアと共に祈っているよ。それでは──君を心配しているもうひとりの兄、ルドルフより』


 思わず、泣いてしまった。

 ああやっぱり、ダメかもしれない私。だってこんな手紙、嬉しくて、なんだか惨めだ。


「でも、恋愛で報われなくても新天地で前向きになった物語の人だっていた……なら、私も前向きにならないと、だよね」


 思わず拳を握る。ルドルフ殿下なんて思い出さなくなるくらい前向きになってやるんだから。

 ふと、外を見る。馬車は暖房の魔道具が使われているし、魔物を寄せ付けないように魔除けがかけられているから問題はないと思うけど、家族も無しにこんなに遠出するのは初めてで緊張していて満足に見ていなかった。


「──綺麗な星空。北方はより空気が冷たいからよく見えるんだっけ」


 王国の北方から街道で行くと、連合王国北部領に到着する。その北部領がお母様の故郷であり、今はお母様の弟(私にとっては叔父様)が前当主(お爺様)と共に統治している。

 連合王国はかつて亜人と呼ばれた様々な人種が暮らしていて、お母様達のような連合王国出身の人間(とは言っても家系図を辿るとエルフの方がいらっしゃるそうだけど)の方が珍しいくらいの土地だそう。連合王国は建国の王様が様々な人種のお妃様を迎える事でひとつの国として統治したのが始まりで、現在は国王陛下と各領主が中央王領・王都にて議会形式で政治を行なっているのだとか。

 なので忙しい現領主の叔父夫婦は王都で暮らし、領地には前領主だった祖父母が暮らしている。


「前は一昨年に会ったきりだし、ふたりとも元気かなぁ」


 一昨年の夏に連合王国の使者としてお爺様がやってきた。その時はお婆様も一緒だった。昔はもう少し頻繁に来てくださっていたのだけど、他領の災害が相次いでしまった影響で来れなかったみたい。

 どちらにせよ私は連合王国に行った事は無い。そういう意味では楽しみ。


「あ。そういえば、元気かな」


 ふと、私がまだ小さかった頃を思い出す。実はその頃に私よりふたつ年上でテオ兄様達よりひとつ下の男の子が、祖父母と共にやって来ていた。

 彼は連合王国で最も多い獣人という種族で、黒い髪と同じ狼の耳と尻尾が生えているところ以外は人間と変わらない見た目の男の子。

 テオ兄様が王城で側近候補としてルドルフ殿下とのお勉強が始まった頃、私とお母様を当時治安の悪かった王都に居させられないという理由で領地でお留守番だった。そんな頃に彼は祖父母とやって来て、私に本を交えながら色々教えてくれた。


「向こうに着いたら会えるかな。ねぇヴァル」


 光に照らされた琥珀のような瞳を細めて笑う彼を思い出しながら、いつしか私はうたた寝をしていた。

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