ドーナツのリング

川本たたみ

第1話

女の子ってやさしい。

わたしの頬を撫でる細くてなめらかな指が、いつの間にか鎖骨に滑り落ちて

もう泣かないで、ってキスがふさいだ。

女の子ってやわらかい。

指も、唇も、涙も、声も。

ふつうはこれを恋と呼ぶんだろうけれど

それは男の子とする作業だって、同級生とテレビが言ってた。

ママは笑ってる。

パパなんて嫌い。

ガードレールにのぼって、男の子になりたいって叫んでみた。

くすくす笑うカップルの片割れにあのこがいなくて、少しだけほっとした。

真っ赤な夕日が今にも落っこちそうな夏の始まり、あのこと下校するのをやめた。

仕方がないのでカレシをつくってみた。

手をつないだりキスしたり抱き合ってみた。

ぜんぶごつごつしていてやわらかくなんかなくて落ち着かなくて

間違えたみたい、って言ったら殴られた。

左頬が腫れて、情けなくて笑えた。

金網を揺らして、制服のスカートが寒くって、あのこはもういなかった。

地下鉄のホームで電車を三本見送りながら川本真琴を聴く。

“ドーナツのリング

きっと今ここにいるためにつながってる”

わたしはドーナツをかじってしまった。

まんまるじゃない。

もうつながれない。

まるで環状線の終列車。

コーヒー一杯じゃ申し訳なくてテイクアウトしたドーナツ。

変わる風がせつなくて、顔をあげた向かいのホームにあのこがいた。

となりに恋人。長身の優男。

あのこの腕が男の腕に絡んでわたしと目があった気がしたところで、タイミングを計ったような同時刻、両ホームに終電がやって来た。

わたしの足は動かない。

駅員に、乗らないの?と叫ばれて

乗りません、って返してしまった。

もう帰れない。

おいてきぼりのホームの向こうは意外にもあっさり無人になっていたから。

軋むレール音と一緒に遠ざかる光。

飛び降りたホームに列車が来るのは始発の明け方。

箱ごと潰れた、ぐちゃぐちゃのドーナツ。

誰にも起こされませんように。

呟いて眠った。

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ドーナツのリング 川本たたみ @kawatata

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