自虐

知らないような知っているような、どこにでもある景色が車窓を駆け抜けていく。都内から私鉄で3時間弱走り、ようやく宇都宮に着いた。そこからJRの宇都宮駅まで30分。普段は賑わっているであろう商店街を横目に過ぎ、大通りを右へ曲がる。沿道にはビニールシートと小さな椅子が並んでいた。どうやら大きなレースがあるらしい。熱を帯び始める観客の横を通り抜けながら、高揚と抑圧が胸を騒がせる。

あの日から-いやあの日といってもいつのことだが定かではないが-どのくらいの年月が経ったのだろう。おぼろげな記憶の中に、彼女の姿がはっきりと浮かんでいた。


初夏、震災の影響で遅れた大学のガイダンスが行われた。履修の語学ごとに分けられたクラスで彼女と一緒になった。運命的と呼ぶにはあまりにも平凡で、あくびが出そうになるくらい退屈な日だった。


「レンタカー屋の前で待ってる」。送信した後、目の前の駐車場で電子タバコの電源をつける。二本目に手をつけたところで、思い直して箱に戻す。一体なにを、緊張でもしているのか。数分経って、道に迷った彼女を駅の出口まで迎えに行く。何年かぶりに見た彼女はあの頃のままだった。いや、すこし痩せたかもしれない。


黒いロングヘアをなびかせる彼女が好きだった。グループで連れ立って歩くなか、彼女まわりだけが澄み切っていた。彼女の気持ちを知ったのは、大学を卒業してから二年目のことだった。その頃はお互いに恋人がいたが、それでもかまわなかった。久しぶりの飲み会を抜け出して、夜の新宿を連れ立って歩いた。お互いの気持ちのままに、一夜をともにした。それから幾度か、同じようなことがあった。恋とか愛とかいうにはあまりに非倫理的だった。それでも二人は気持ちのままに互いを求めあった。


レンタカーを走らせ、イタリアンでランチを済ませたあと、昔の坑道の跡地、栗林と竹林、道の駅を巡り、夕方に駅まで戻って来た。彼女はいつも右手で荷物を持ち、左耳のピアスを揺らしていた。


お互いに歳を重ね、それぞれに所帯を持っていた。それぞれ東京と仙台に住み、それぞれの生活があった。同級生の誘いで訪れることになった宇都宮で、二人は在りし日を思い出していた。


決して許されるはずのないことを知りながら、待ち合わせの店へ向かう途中、その手を取った。その場限りになることは分かっていた。それでも、手を取らずにはいられなかった。これが最期と手を伸ばした。時間にして十五分くらいだろうか。店に到着するその手前で彼女が手を離した。席に着いて数分後、同級生も到着し、昔話に花が咲いた。そして近況を交換し、会はお開きとなった。


「もっと早く手を繋いでほしかった」。その言葉が真っ黒の車窓に貼り付いている。「次に会う時は…」。独り言をかき消すように、列車は東京へとひた走る。

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世迷言 @komachiyotaro

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