こちらマギドールズ修復士ですが、やって来るマギドールズたちがおっさん臭い

クマ将軍

よぉ大将、やってるかい?

 瀬川アリスはマギドールズ修復士である。

 専門大学で二年学び、その後世界的マギドールズ関連企業最大手であるマギワークス・カンパニーの商品・修理相談部に三年務めた。

 ある程度技術と経験を積んだ後、彼女はその企業から民間のマギドールズ専門修復店に転職。即戦力として仕事を任せられ、約一ヶ月の時が過ぎた。


「おはようございまーす」

「おはようアリスさん」


 私、瀬川アリスはいつものように『サロン』へと出勤する。

 ここマギドールズ専門修復店『サロン』は美容室のような華やかな内装と談話をするためのラウンジがある店だ。

 前勤めていた職場とは違い、ここは完全にマギドールズを中心としたお店。私はそんなマギドールズたちと関わりたくてこの店に転職したのだ。


「はい今日のスケジュールね。この後アリスさん指名で予約が入っているわ」

「はい、分かりました店長」


 マギワークス・カンパニーは確かにマギドールズ関連企業の最大手だ。でも扱う内容はマギドールズだけじゃなくて魔道具も含まれる。私はそこの会社に勤めていた時は魔道具の修理が九割でマギドールズの修復が一割ぐらいだった。

 思い描いていた仕事の内容と食い違って、ある程度勤めたら辞めてしまった。給料、待遇の面は下がったが『サロン』に勤められて私は満足している。


 しているのだが……困っている事があるのだ。


 ――からんころん。

 と、入店時の鈴が鳴る。


「いらっしゃいませー」


 入って来たのは一人の妙齢の女性。そしてその肩にはクマ型マギドールズが乗っていて、彼は私に向かって目を向けると――。


「よぉ大将、肩の付け根がほつれてんだ頼むぜ」


 なんとまぁ、おっさん臭い口調で喋ってますなぁ。


「……はい、ご予約されている根岸早苗様とサンゾウ様ですね。お待ちしておりました」

「この子ねぇ、無理して荷物を持とうとしたから……」

「なるほど」

「へ、男ならこんな物どうだって事ねぇよ」


 アンタらマギドールズには性別なんてねぇでしょうよ。

 それにマギドールズは力仕事に対して想定されてないのだ。小型マギドールズなら特にだ。なのに何を見栄を張っているのか。


「……ほら、敢えて怪我して貴女に会いたかったのよ」


 早苗様がそう小声で言ってくれる。

 全然嬉しくねぇー。


 と、そこに。


 ――からんころん。

 と、またドアの鈴が鳴る。


「おいおいクマ公に先を取られたなぁ」

「へ、来るなら予約して来るんだなトラ公」


 これまた妙齢の女性がやって来る。彼女は早苗様と同じくこの店の常連だ。だからお客様同士顔見知りの人が多い。

 そんな女性の肩にもまた、トラ型のマギドールズが乗っていた。


 ――相変わらずおっさん臭い口調で喋りながら。


「……いらっしゃいませー」


 もう私の悩みが何かお気付きになったのではないだろうか。

 そう、おっさん臭いマギドールズばかりやってくるのだ。

 しかも私は何故か彼らに懐かれている。


 可愛らしい動物モチーフのマギドールズに懐かれるのは別にいい。

 別にいいけど何故おっさん人格?

 美容室のような華やかさなのに居酒屋みたいな空気になってるんだが?


「それではサンゾウ様失礼します」

「おうよ」


 彼の了解を得られた私は早苗様の肩からサンゾウを両手で抱えて、修復スペースへ連れていく。もふもふ、と。おっほぉぬいぐるみの感触たまんねーや。


「それでは確認しますねー」


 修復スペースと言っても普通の美容室のように鏡の前でやるような感じだ。ただし椅子の代わりに高低差を調整できる小型テーブルがあり、そこに彼らを置いて作業をするという形で行われる。マギドールズの修復店ではあるが、彼ら専用の美容室をコンセプトとしているこの店特有の作業場だ。


「これはー……魔糸から魔力が消えて強度がなくなってますねー。一定重量の荷物を持つ想定はされていないので今度から気を付けてくださいねー」

「へ、男って奴は時にやらなくちゃいけねー事があるんだよ……」


 男女関係なしにやんなって言ってんだよ。


「それじゃあ縫合して行きますねー」


 魔力が消えた部分を抜いて、新しい魔糸を使って肩を縫っていく。


「痒いところありますかー?」

「あ、そこ! そこ、いい……っ!」


 可愛い声なのにクッソ汚ねぇおっさんの喘ぎ声で目から光が消えますよこれは。

 しかしこう、なんだろうか。針を刺していく度に悶えるぬいぐるみというのも……なんか楽しい気分になる。もっといじめたいという気持ちにならん? ならんか。


「では他の部分もメンテナンスして行きますねー」

「あっ、あっ! そこっそこっ! あぁ〜」


 なんかもう、いかがわしい店のサービスみたい。

 接客業としてずっとスマイルをしなくてはならないが、心の中は死んでます。

 そうして細かいところを修復すると、次はマギドールズの生地を綺麗にしなくてはならない。具体的に言えば洗浄の術式を込めたお風呂で清める工程だ。


「あぁ〜」

「湯加減どうですかー」

「さいこうぉ〜」


 大丈夫。おっさんの入浴シーンじゃない。

 おっさんの入浴シーンじゃない。


「……汚れを取って行きますねー」


 洗い方としてはペットか赤ん坊をお風呂に入れて洗うみたいな感じだ。片方の腕で沈まないよう支えて、もう片方の手で優しく撫でるように洗う。

 洗浄の術式は確かに汚れを落とす効果があるが、長く浸かるとぬいぐるみに施してある使い魔の術式すら落としてしまう。そういった点をよく注意して洗っても、多少は術式に影響は出る。その際マギドールズの意識が曖昧になり、気持ちいいと錯覚するため大多数のマギドールズは洗浄時に気持ち良さげな声を上げるのだ。


 因みに、そういった声からしか得られない栄養素がある事を君たちに教える。


「では拭きますねー」


 そして粗方洗い終わると、多少落ちた術式を整えるために調整の術式を施してあるタオルで彼を拭く。拭き終わったらマギドールズの強度を上げる風を当て、乾かす。

 これで大体のメンテナンスが終わった。


「いやぁやっぱ大将が一番だな!」


 そう言って私が道具を仕舞っている隙にぱんっ、とお尻を叩かれる。

 その際ぴこっ、と可愛らしい音も鳴るがなんも嬉しくねぇ。大好きなぬいぐるみに叩かれてるのにおっさん臭い仕草で叩かれるとなると無の境地しかない。


「ありがとうございまーす」

「そういや大将、風呂上りの一杯っていやぁ……あるよな!」


 そう言ってサンゾウは何かを飲む動作をする。

 まぁ、風呂上りの一杯は確かにある。

 ってかそれが最後のメンテナンス工程なんだが。


「よし大将、生一つ!」

「かしこまりましたー」


 ……マギドールズの動力源である魔力水を生ビール扱いしないで欲しい。




 ◇




「そういや大将、どうしたんだ? いつもと違って元気ねぇじゃねぇか」

「元気……ですか?」

「そうだぜ大将、心ここにあらずじゃねぇか」


 メンテナンスが終わり、場所はラウンジ。

 別の場所で修復が終わったトラ型マギドールズも混じって、それぞれ飲み物を飲みながら談話をする。

 その際に、私は二人のマギドールズに上記のセリフを言われたのだ。


「実は、実家の母から結婚の催促がありまして……」

『あー』


 私の言葉にマギドールズとその飼い主の皆さんが声を上げる。


「確かに親から見るとそろそろ孫の顔は見たいわよねー」

「でもねぇ……それで焦って結婚すると痛い目を見るわよ? 私の旦那さんってほら、休日はずっと部屋でゴロゴロして家事の手伝いもしないんだから」


 色々な視点があってなるほどなー。

 まぁ私の場合、そう言った縁もないがそもそもまだ結婚するつもりもないのだ。ほら、まだまだ趣味に生きたい年頃だし?


「例え好きな人でも、ずっと一緒にいるって事はそれなりに覚悟と我慢をしなくちゃならねぇ……大将は自由に生きて、その時が来たらで過ごせばいいんだよ」

「サンゾウ様……」


 やだ、何このイケぐるみ……。


「ごくごく……ぷはぁ! ゲェ〜ップ!」


 クソ……早く帰りてぇな……。


「あらもうこんな時間! ごめんなさいねアリスちゃん! 長居しちゃって」

「いえいえお気になさらず」


 そう言って早苗様はむんずとサンゾウの頭を鷲掴みして退店しようとする。

 私はそんな彼女たちを見送るために店を出た。


「それじゃあまた来ますわね!」

「またのご利用をお待ちしておりまーす」


 確かにやって来るマギドールズはおっさん臭い。でもなんだかんだで彼らとの交流は楽しいし、私は前の職場より充実している。


 と、そこに。


「大将!」


 サンゾウが私を呼ぶ。

 そして彼は私に向かって可愛らしいウィンクをした。


「――!」

「元気になれよ!」


 あぁ……。

 確かにこの店にやって来る彼らはおっさん臭いが、例外なく全てのマギドールズたちはみんな優しい。だから私はマギドールズが好きだ。大好きなのだ。そんな彼らを助けたくてこの道にやって来たのだ。


「またのお越しをお待ちしております!」


 そして今日も。明日以降も、私の日常が続いていく。

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