ありがとう

 学校に朝早く通学したあたしは、朝練に来る彼氏を待ちぶせるため、体育館に立っていた。

 すると、彼氏とその友達が談笑しながらやってきた。

 彼氏が驚いていると、友達たちはニヤニヤしながら肩や頭を叩き出した。


「おいおまえ、この幸せもんが!」

「オレはもう、心の中の涙の決壊がうわぁぁん。どうしてくれんだよ」


 と言い残して、いやあれはからかってたのかな。二人は体育館に入っていった。

 それであたしは一気に気まずくなり、うつむいてしまった。

 彼氏は言葉をかけてくれなかった。

 あたしは意を決して、とっておきのアイテムを取り出した。


「ねぇ! 君たち、恋人同士だよね」

「結衣? その猫のぬいぐるみは、誕生日であげたやつ」

「仲直りしよう。結衣ちゃんも悪かったって、ずっと反省しているんだ」


 あたしは声色を変えて、猫ちゃんに心を託した。

 彼氏はずっとこっちを見てくれた。

 あたしは、大きな声で言った。


「だから、あんたのことが大好き!」

「……」


 やっちゃった。

 何恥ずかしいこと言ってんのあたし。脈略もなんにもないじゃないのよ。

 だからって何よ。

 もう! 昨夜あんなに練習したのに!

 ゆるふわ柚木さんみたいに上手くいかなかった。


「結衣」

「うん」

「オレの方こそ、意地張ってごめん。色んな女子の相談受けている奴に聞いてもらったらさ、とっとと謝れって言われてさ」


 昨日談笑していた女子のこと?

 そういえば、クラスで聞いたことある。悩みを全部解決してくれるって。

 彼氏はぬいぐるみの猫ちゃんではなく、あたしの頭を撫でてくれた。


「ほんと、ゴメンな。あと、わりぃ、朝練あるから」

「待って! 付き合ってほしいお店あるんだけど、今日あいてるかな」

「分かった。午後連サボるわ」

「でもそんなことしたら、レギュラー取れないよ」

「いいよ。その一回くらいで取れねぇなら、もともとだってことさ。じゃあ、放課後待ってて」

「うん!」


 放課後、あたしは彼氏をぬいぐるみ喫茶に案内した。

 すると、柚木さんが出迎えてくれた。


「あら、お久しぶり。昨日も来てくれたんだって? ごめんね会えなくて。そちらは、もしかして?」

「はい、彼氏です」

「そうなんだ、ご来店ありがとうございます。じゃあ、テーブル席にご案内しますね」


 彼氏はかなりいたたまれないといった様子だった。

 あたしは思い切って聞いた。


「ねぇ、このお店、どう思う」

「なんつーかさ、ファンシーすぎるっつうか。あと、ぬいぐるみが白飛びしてんなぁって」

「白飛び?」

「あ、オレさガンプラも作ってんの知ってんだろ。だから色にはちょっとうるさいんよ。ほら、あそこにおいてあるぬいぐるみも、なんか色で同化してんだろ」

「確かに」


 気が付かなかった。

 内装が白やピンクで統一されているから、ぬいぐるみが返って目立たくなっているんだ。

 派手な色のぬいぐるみは目立っているけれど、数は少ない。


「だからさ、いっその事、内装の色を落ち着いたシックな感じにすればいいんじゃねぇかな。You Tubeでみたけど、伝統工芸の人形店も落ち着いた色合いの店だったし」

「そう言うのに興味あったんだ」

「ガンプラの動画みてたら、オススメに出てきただけだよ」


 その時、柚木さんがメニューを聞きにきた。

 あたしは立ち上がった。


「柚木さん、さっきの話聞いてましたよね」

「はい……。ごめんなさい、全部聞いちゃいました」

「あたし、このお店すっごく大好きなんです。だから、もっとお客さんがいっぱい来るお店になって欲しいんです。だから、柚木さん」

「ありがとう、お客様。スタッフと話し合ってみますね」

「はい!」


 あたしは柚木さんが、とてもにこやかに返事をしてくれたことが嬉しかった。

 そうだ。


「柚木さん、彼氏と写メとってもいいですか。三人で」

「いいけど、どうして」

「なんとなくです。いいよね」


 彼氏も頷いて、三人で写メを取った。


 それから三月初旬のある日のこと。

 あたしは学校が終わって、急いで走った。

 そう。

 改装が終わった、ぬいぐるみ喫茶がリニューアルオープンする日だからだ。

 お店の前は、列が並んでいた。

 さすがに初日は無理かと、困り顔で諦めようとした。

 そのとき、肩をとんとんと叩く人がいた。

 振り返ると、柚木さんが、眩しい笑顔で涙を浮かべていた。


「ありがとう! お店がこんなに素敵に生まれ変わるなんて思わなかった。しばらくは予約制にするつもりだから、良かったらインターネットでやってみてね」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「うん?」

「実は、初めてあったあの時は、彼氏とケンカしてたんです。もしも柚木さんと、この店に出会えてなかったら、別れていたかもしれませんでした」

「そうなんだ。ジュースのおかげかな」


 私は首を大きく降ると、看板を指して言った。


「きっと、ぬいぐるみのおかげです!」

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ぬいぐるみが繋ぐ恋 瑠輝愛 @rikia_1974

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