第47話:自警団からの報告

 ヒースがマギスとエミリーの正体を知ってから一週間が経った。

 マギスは家の外が騒がしくなっていることに気づき、朝の早い時間から目を覚ました。


「……何かあったのかな?」


 玄関から顔を出すと、ちょうどそこにリンカーが姿を現した。


「おう! マギスの旦那! ちょうど呼びに行こうと思っていたんだ?」

「どうしたんだ、リンカー?」


 リンカーの焦った表情を見たマギスが問い掛けると、彼は真剣な面持ちで口を開いた。


「……魔獣が大量に現れた」

「大量に? まさか、この近くでスタンピードでも起きたっていうのかい?」

「そのまさかだ」


 スタンピード――魔獣の大行進と呼ばれる現象で、文字通り大量の魔獣が一気に移動することを指している。

 スタンピードが起きる原因については様々な要因があるのだが、その中でも有力とされている要因の一つが――


「……強い魔獣が現れたか?」


 ヒースがベヒモスとして縄張りを持っていたように、魔獣の中には縄張り意識の高いものもいる。

 多くの場合は縄張りを守るために攻めてきた相手と戦うことを選択する魔獣が多いのだが、あまりに実力差があると分かれば戦わずして引くこともある。

 そして、縄張りの主が引いたとなれば強い魔獣が動いたことになり、その余波で他の魔獣も一斉に動き出してしまう。


「魔獣はどっちの方角から来ていますか?」

「東だな」


 方角を聞いたマギスは思案顔を浮かべる。


(東かぁ……ケルベロスに任せた縄張りの方角だけど、いったい何があったんだ?)


 マギスからしてもヒースは非常に強い魔獣だった。

 そんなヒースが縄張りの主を任せたケルベロスが弱いはずもなく、そんな魔獣を引かせたとなればただ事ではない。


「どうやら魔獣がやってきたようじゃのう」

「おはよう、エミリー。なんだ、気づいていたのかい?」


 家の奥からエミリーが声を掛けてきたのだが、彼女はすでに出かける準備ができていた。


「我ではない、ヒースが気づいたのだ」

「ヒースが?」

「ま、魔獣の動きが、急に活発になったっす。でも、なんだかおかしいっす」

「おかしい?」


 本来はベヒモスであるヒースは魔獣の気配に敏感だ。

 東の方角から魔獣が迫っていることにいち早く気づいてエミリーに伝えたのだが、その魔獣が普通とは異なっていることにも気づいていた。


「どうおかしいか分かるかな?」

「その、なんていうか……自分の意思じゃなく動いているみたいな感じっす」

「自分の意思じゃないか……なら、何者かに操られている可能性があるね」


 思案顔を崩さずにそう口にすると、エミリーがそのまま外に出てきた。


「行くぞ、マギスよ」

「もちろんだよ。……でも、何かあるのかい?」

「……あとで説明しよう」

「そうか……分かった、そうしよう」


 エミリーに何かあると悟ったマギスは、彼女の言葉を肯定してからリンカーを見た。


「僕とエミリーは先行して魔獣の群れに向かうよ。リンカーたちはアクシアの防衛に専念してくれ」

「分かった。だが、いいのか?」

「僕たちは単独で行動した方が動きやすいからね」

「……すまねぇな、助かる。それと、先行して森に出ている奴らがいるから、そちらを助けてやってくれ」

「もちろんだよ」


 マギスの助けを借りることができたリンカーは、自警団に指示を出すために来た道を戻っていった。


「ヒース」

「はいっす!」

「アクシアに何かあったら、君が守ってくれるかい?」

「もちろんっす!」

「できるだけ人の姿のままでお願いしたいけど、無理そうなら本来の姿に戻ってもいいからね」

「……本来の姿っすか?」


 ヒースは今のままでも十分に魔獣と戦えると思っていた。

 しかし、マギスはそれだけでは不十分になる可能性を考えていた。


「もしもの場合だよ。そうならないよう、僕らも動くからさ」

「……わ、分かったっす」

「ありがとう。それじゃあ行こうか、エミリー」

「うむ」


 駆け出したマギスとエミリーの背中を、ヒースは心配そうに見守っていたのだった。

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