第48話:凶暴化した魔獣

「はあっ!」

『ガルアアッ!?』


 目の前でソードウルフに嚙みつかれそうになっていた自警団員を見つけたマギスは、フルブーストを使って加速し、すれ違いざまで魔獣の首を刎ねる。


「……えっ?」

「この辺りの魔獣は僕たちが引き受けます。自警団はアクシアの防衛に回ってください」

「わ、分かった! すまない、マギス君!」


 慌てて立ち上がった自警団員は駆け足でアクシアへと戻っていく。

 すでにこの場までの魔獣は掃討しており、自警団員は安全に戻ることができるだろう。


「……さて、エミリー。この辺りにはもう自警団員も魔獣もいない。そろそろ説明してくれてもいいかな?」


 剣を鞘に納めながらマギスが問い掛けると、エミリーは小さく息を吐いてから答えた。


「……すまん、マギスよ。おそらく今回のスタンピードを引き起こしたのは、我の部下だった奴だ」

「部下? ということは、魔族なのかい?」

「うむ。少し前から気配を僅かに捉えられていたのだが、正確には分からんかった。だが、今になって奴の気配が色濃く表れたのだ」


 エミリーの部下と聞いてマギスは過去に戦ってきた魔族を思い返すが、スタンピードを引き起こせそうな相手が思いつかない。

 マギスの考えが分かったのだろう、エミリーはすぐに口を開いた。


「おそらく、マギスは奴を知らないはずだ」

「そうなのかい?」

「うむ。奴はお主が魔王城へ攻め入った時、別のところにいたからのう。実際に戦ったことはないはずじゃ」

「なるほどね。ということは、魔王四天王の一角ってことか」


 エミリーの言葉に心当たりがあったマギスは、四天王という言葉を口にした。


「うむ。魔王軍四天王の一角――色欲のレイディ」


 魔王四天王は勇者パーティによって倒されているのだが、エミリーが口にしたように色欲のレイディだけはその時、魔王城を不在にしていた。

 残りの三人は勇者パーティ――ではなく、マギスが一人で倒している。

 エミリーを倒したことで残る一人との戦闘はなくなったとばかり思っていたが、そう簡単にはいかないかとマギスは苦笑を浮かべた。


「もしかすると、レイディは我の魔力を感知してここまで来たのやもしれん」

「ヒースと似たようなものか。彼は恐怖を煽られたが、レイディはエミリーを迎えに来たつもりなんだろうね」

「あぁ。そして、この場に人族がいると知り、魔獣を操り滅ぼそうとしているのだ」

「魔獣を操る……そんなことができるなんて、相当強い魔族なんだね」


 一対一であれば、マギスは全盛期のエミリーにも勝利しているので負けるつもりはない。

 しかし、魔獣を操り数の暴力に打って出られると、勝敗はどちらに転ぶか分からなくなってしまう。


「レイディの相手は我がする。だからマギスはここに残ってアクシアを――」

「ダメだよ、エミリー」


 エミリーはレイディが攻めてきたのは自分のせいだと考え、その責任を取ろうと考えている。

 しかし、マギスは彼女の言葉を途中で遮り、否定した。


「エミリーを連れ出したのは僕なんだから、僕にも責任はある」

「だが!」

「やるなら一緒にだよ、エミリー」

「マギス……」


 マギスの名前を口にしたエミリーは、それ以上の言葉が出ずに俯いてしまう。

 彼への申し訳なさを隠しきれず、拳の強く握る小さな体は震えていた。


「僕たちは仲間だ。エミリーにだけ何かを背負わせるなんてことは絶対にしないよ」

「……ありがとう、マギス」

「さあ、行こうか」

「うむ!」


 顔を上げたエミリーは腕で目元を拭い、凛々しい表情を浮かべる。

 彼女の様子を見たマギスは柔和な笑みを浮かべたあと、彼にも感じることができるようになっていたレイディの気配の方角へ顔を向けた。


(……ケルベロス、大丈夫かな)


 魔獣を操ると聞いた時から気になっていた縄張りを任せた魔獣の存在を心の片隅に置きながら、二人は東へと歩き出したのだった。

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