第10話:食糧事情

 そして、森の中で助けられたこと、マギスがソードウルフを一瞬で討伐したことを興奮気味に説明した。

 しかし、これがアボズの逆鱗に触れてしまった。


「……ニアよ」

「はい!」

「お主、ま~た一人で森に入っておったのか~?」

「あー……えっと、そのー……」

「森の中は危険じゃと、何度も言っておるじゃろうがああああっ!」

「ご、ごめんなさああああい!!」


 瞳を潤ませながら謝罪の言葉を口にしたニアだったが、アボズの怒りは収まらないのかずっとガミガミと言い続けている。

 この状況をどうしたものかとマギスとエミリーは顔を見合わせて苦笑いだ。


「そ、村長! ま、マギスさんたちもいますし、お願いします! この辺で終わりにしてくださいよ!」

「むっ! …………はぁ。それもそうじゃのう。マギス殿、ニアを助けていただきありがとうございます」


 怒りを収めたアボズはマギスに対して深く頭を下げた。


「いえ、害獣に襲われている人がいたら助けるのは当たり前ですから」

「あなたはニアの命の恩人です。先ほどは狩りをと彼女が言っておりましたが、ゆっくりと過ごしていただいて構わないのですよ?」

「さすがにそれは罪悪感が生まれてしまうので、遠慮しておきます」

「そうですか? いやはや、本当に感謝の念しかございません」


 恐縮するアボズを見て、ニアも申し訳なくなったのかバツの悪そうな顔をしている。


「そういえばマギスよ。お主、どうして先ほどのソードウルフを置いてきたのじゃ?」


 そこへ突然エミリーが口を開いた。


「えっ? ソードウルフの数も多かったですし、大きかったですし、仕方なかったんじゃないですか?」

「いや、こやつはアイテムボックスのスキルを持っておるから、簡単に持ってくることができるのじゃよ」

「「…………ええええぇぇっ!? あ、アイテムボックスううううぅぅっ!!」」


 当然だと言わんばかりのエミリーの言葉に、ニアとアボズが驚きの声をあげた。


「あの時はニアを助ける方が先だと思っていたからね」

「じゃが、ニアを襲っていたソードウルフに関してはどうしてじゃ?」

「あれは単純に忘れていたんだよ」

「……お主、変なところで抜けておるよのう」

「あはは、ごめんね」


 頭を掻きながらなんでもないように答えたマギスだったが、目をぎらつかせた者が一人、この場にはいた。


「い、急いで回収に向かわねば!」

「えっ? あの、アボズさん? どうしたんですか?」

「はっ! 失礼しました、マギス殿! ですが、わしらにとって害獣の肉はとても貴重な食糧になるのです!」

「でも、ソードウルフの肉は固くて美味しくないですよ? 素材としてなら使えると思いますが……」


 そこまで口にしたマギスを見て、アボズは少し冷静になってから前のめりになっていた体を元の姿勢に戻した。


「……とはいえ、やはり肉は貴重な食糧なのです。この辺りの害獣はとても凶暴で、わしらには手に負えないのです」

「実は私たち、食事を作物に頼りっきりでして、お肉なんて半年に一度、食べられるかどうかなんです」

「なんと、そうだったのか」


 二人の言葉を受けてかわいそうにと声を漏らしたエミリーは、横目でチラチラとマギスを見ている。

 彼女の意図を理解したマギスは、不良在庫になりつつあったものをこの機会で一気に放出することにした。


「それなら、ソードウルフよりもっといいものがありますよ」

「……ソードウルフよりも、ですか?」

「……でも、そんなものいったいどこに?」

「さっきもエミリーが言っていましたよね? 僕にはアイテムボックスがあるって」


 柔和な笑みを浮かべながらそう口にしたマギスは、二人の目の前でアイテムボックスを発動させる。

 彼の右側の空間にゆがみが生じ、そこへマギスが腕を差し込む。

 傍目からは腕が消えたように見えるため二人はギョッとした顔になったが、マギスは気にすることなく目的のものを掴んで引き抜いた。


「実は、ここに来るまでの間にも大量の害獣を倒してきたんですよ。なので、アイテムボックスの中にはその害獣が入っているんですよ――ね!」


 ――ドンッ!


 そうして取り出された害獣は、王都でも美味として高値で取引されるジュエルホーンだった。


「……こ、ここここ、これは!?」

「ちゃんと血抜きもしてありますし、まだまだ中に入っているんです。お近づきのしるしということで、今日は村の人を集めてお肉パーティといきませんか?」

「で、でででで、ですが、わしらにはお返しできるものがありませんぞ!」


 そう口にしたアボズだったが、その視線はジュエルホーンに釘付けであり、その腕はこぼれないようにと涎を拭っている。


「屋敷をお貸しいただけるんですから、これくらいは当然ですよ。ニアさんも食べたいですよね? お肉」

「食べたいです!」

「「「「食べたいです!」」」」

「お、お主らもか!」


 マギスの問い掛けにはニアだけではなく、玄関に集まっていた村民からも声があがり、アボズも最終的には彼の提案を受け入れることにした。


「……本当に、何から何までありがとうございます、マギス殿」

「僕としては不良在庫を処分できるいい機会に恵まれました」

「よかったのう、ニアよ」

「うん! ありがとう、マギスさん、エミリーちゃん!」


 こうして、この日の夜はお肉パーティが開催されたのだった。

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