第9話:マギスの選択

「村長ー! お客さんが来ましたよー!」


 ニアが屋敷の玄関から大きな声で村長を呼ぶ。


「――はいはい、ちょっとお待ちなさい」


 すると、奥の方から優しい声音が聞こえてきて、老齢な男性が顔を覗かせた。


「ニアよ、このような場所に客が来るわけないじゃろう」

「でも来たんですよ! ほら、こちらの方々です!」


 冗談だと思っていた村長だが、ニアがマギスたちがいることを示すと、彼は目の前の相手を目を丸くして見つめていた。


「……ど、どちらさんかね?」

「森の外から来ました。僕はマギス、こっちは――」

「エミリーじゃ! よろしく頼むぞ!」

「……ほ、本当に、森の外から来たのですか?」

「はい」


 目を丸くしたままの問い掛けにマギスが答えると、村長はそのまま何度も瞬きを繰り返した。


「……あの、村長? 大丈夫ですか?」

「はっ! ……そ、そうじゃのう。ひとまず中におあがりなさい。お茶くらいは出せるじゃろうて」

「突然の訪問なのに、ありがとうございます」

「よきに計らうのじゃ!」

「……あの、こちらのお嬢さんは?」

「子供ですよ?」

「……そ、そうじゃな。うむ、その通りじゃな」


 ここでもエミリーの話し方が気になったのか、村長が疑問の声を漏らし、マギスが即答で子供だと答える。

 いささか力業な部分もあるが、見た目が完全な幼女なので最終的には全員が納得してくれた。

 通された部屋では床に直接腰掛け、ちゃぶ台にお茶が並べられる。


「申し遅れましたが、わしはアクシアの村長、アボズと申します」


 簡単な自己紹介を終えたアボズは、単刀直入に質問を口にした。


「それで、マギス殿はこの地にどのようなご用で?」


 そして、アボズの言い回しを聞いたマギスは彼は知っているなと感じていた。


「お答えする前に一つ伺います。アボズさんは、外の人がこの地のことを未開地と呼んでいることをご存じですか?」

「……はい、存じております」

「えっ! そうだったの、村長!」


 驚きの声をあげたのはニアだった。


「うむ。とはいえ、この地に外から人がやってきたのはずいぶんと前じゃ。わしがまだ子供の頃じゃったからのう」

「そんな昔だったんだね」

「アクシアの村民でそのことを知っているのも、おそらくわしだけじゃろうな」


 少しばかり昔を懐かしむような表情を見せたアボズだったが、すぐに我に返りマギスへ視線を戻す。


「それで、どのようなご用で?」

「僕とエミリーはここ一年くらい、ずっと辺境の地を旅してきたんです。ですが、そろそろ腰を落ち着けられる、大都市から離れた田舎でいいところがないかと探しているんです」

「ということは、アクシアがそうなるかもしれないと?」

「どうでしょう。僕たちは今日ついたばかりですし、こちらの雰囲気も何も分かりませんから」


 マギスが申し訳なさそうにそう口にすると、アボズは柔和な笑みを浮かべた。


「小さな子供もいるのですから、身長になるのは当然のことじゃ。では、こういうのはどうでしょう」


 そして、彼から一つの提案がなされた。


「しばらくの間、アクシアで暮らしてみてはいかがですかな?」

「ご迷惑じゃないですか?」

「そんなことはありません。それに、村の者もお二人のことが気になって仕方がないようなので、むしろこちらがご迷惑をおかけするかもしれませんが」


 アボズがそう口にすると、エミリーは玄関の方が何やら騒がしくなっていることに気がつき振り返る。


「……な、何事じゃ?」

「……えっ? ええええぇぇっ! み、みんな、集まってきちゃってたの?」


 エミリーが唖然とし、ニアが驚きの声をあげる。

 気配で気づいていたマギスは特にリアクションをみせなかったが、この状況をどうしたものかと内心で思案していた。


「空いている屋敷もありますが、いかがでしょうか?」

「そうですねぇ……」


 未開地でこれだけ平和な村を見つけられたのは、マギスにとっても予想外に運のいいことだった。

 外の情勢にも疎いということもあり、自分が英雄ラクス・マギラエンであるということも、エミリーが魔王エミリスタ・フォント・ダークであることも知られる可能性はゼロに近い。

 よくよく考えていくと、彼に断る理由は見当たらなかった。


「……分かりました。では、お言葉に甘えたいと思います」

「おぉっ! ありがとうございます、マギス殿!」

「あの、もしよろしければ何か仕事をいただけませんか? ただダラダラと過ごすのは、さすがにいきなり過ぎるかなと思うので」


 本当であれば何もせず、必要な時にだけ働くような生き方をしてみたいマギスだが、迎え入れてもらった立場で何もしないということに罪悪感を抱いていた。


「マギスさん、とっても強いんですよ! 害獣を狩って、そのお肉で物々交換とかどうですか!」


 そこで声をあげたのはニアだった。

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