Half_dream

回復だんご

Half_dream

Scene 1


 君って猫みたいだねとか、お前は犬っぽいよなとか、そういう文言はたしかに世間には存在する。それが肯定的か否定的かはさておき、動物に貼ったレッテルと類似する側面を持つ人間に、その動物を想起することは別に不自然なことではない。しかし、道端で死んでるタイプのカラスだと人を評する人間はそうそう居ないだろう。


「いやぁ、変な意味じゃないとも。だが、小賢しく居るようで居てマヌケな君を表現するにはちょうどいいじゃないかと思ったわけだ。」

 対面に座る男に対し悪びれもせずに、その女はふてぶてしい笑顔で悪意がないことを告げる。

「えぇ~、酒瀬川さかせがわさん酷いですよ~。いくら友達だからって、茶一さんに死んだカラスだなんて。」

 道端で死んでいるカラスと評された男、茶一さいちがなにか言おうと口を開くよりも前に、その斜め向かいの女が男を庇った。ピンク色のワンピースを着用し、長い髪にゆるくパーマをあてたその女…サヤカは、あくまでも善意だと言わんばかりに茶一に同意を求め、隣に座る“敵”にチラリと非難の眼差しを向けた。


 悲しいかな、合コンというものは同性同士で仲良くなる場所ではないが故に、このようなことも時折発生する。非難された酒瀬川が、死んだカラスじゃなくて道端で死んでいるカラスだ、などとずれたことを言い返している間に、茶一は気づかれないように鼻からゆっくりと息を吐いた。

「君に僕と茶一の何がわかるんだい?」

「ちょっと付き合いが長いからと言って、言って良いことと悪いことが有るんじゃないですか?」

「それこそ君に言われることじゃないだろう。付き合いが長いからこそ、茶一がじゃれ合いぐらいに感じているとわかるというものさ。」

「えぇ…サイチさんはそれで良いんですか?」

 話を振られた茶一がサヤカの方を向けば、少々幻滅したような視線を向けられていることに気づく。その視線が明らかに勘違いを内包していることを察した茶一は、しかしその言葉を否定もできずに答えに窮し、まごまごとする口をごまかすために唐揚げを口の中に入れた。


「…一つ言って置きますがね、俺はマゾってわけじゃ無いんですよ。」

 咀嚼している間に頭の整理をつけ、嚥下した後に開いた口から出たのは結局このような言葉だった。我が意を得たりと言わんばかりのすまし顔を浮かべる酒瀬川と、理解出来なさそうなサヤカの顔を見せられた茶一は今度こそ大きくため息を吐いた。



Scene 2


 開け放たれた窓から見えるは晴天。春のややまどろっこしい空気のなかでその女…酒瀬川朱はのんびりとギターを爪弾いていた。

「良いのかい、こんな場所にいて?」

 相も変わらず、にやぁっとした笑みを向ける酒瀬川に茶一は休講なんだと簡素に答えるとソファへと腰を下ろした。

 へぇ、ラッキーだったねと予想が外れた様子で続ける彼女に、茶一は簡素な肯定を示しノートPCを立ち上げた。検索欄に打ち込まれた言葉は[イタリアン ▲✕駅]。

「イタリアン…ピザでも食べるのかい?」

「んー…そうかもな。」


 その曖昧な返答を聞いた酒瀬川は形の良い眉を起用に片方だけ持ち上げて、ギターを無造作に机に置いた。そのままソファに座る茶一の肩に肘を乗せ、面倒そうな視線を気にすることもなく、白いシャツの袖から伸びる繊手をプレゼンターのように動かしながら話しかける。

「酒見くん、君はアレだな? 直感に従った結果優柔不断になって部室にまで来てしまった迷い猫のような状態というわけだね。」

「あー…まぁ否定はできねぇな。」

 自分に向けていた迷惑そうな視線を気まずそうに右下へやった茶一を見て、酒瀬川はクツクツと笑いながら、今度は紙パックのいちごミルクを手に取った。そのまま薄い唇でストローを咥えて一口飲み、目を細めてからトートバッグを肩にかける。

「実を言うと僕もお腹が空いてるんだよ。」

 茶一は時計を見た。時刻は14時30分。やや昼飯時から外れており又、これ以上遅くなると昼食と呼ぶには抵抗が生まれる時間だ。

 キャンパス周りの飲食店や食堂に殺到する学生の群れも鳴りを潜める頃合いである。ちょうどいいかと、茶一は酒瀬川を食事に誘うと、へへ…と言いながら酒瀬川は視線を卓上のギターに逃した。


「実を言うと、今月はちょっとばかり出費が多すぎてね…。」

「あぁ、じゃ1人で食ってくるわ。」

言いながら茶一がノートPCBをパタリと閉じてよっこらせと立ち上がりドアノブに手をかけると、後ろから待って待ってと声がかかる。

「き、君には情けとか温情とか、そういうのがないのかい⁉」

「いや、お前何回目だ? 先月にも奢ったろ一回。」

「ちゃんと金は返したろ! ねっねっ! 明日にはバイト代が振り込まれるんだ!」

 人助けだと思って~と、ここぞとばかりに酒瀬川は茶一のジャケットに猫のように絡みつく。普段とは違い、こういうときだけ寂しがり屋の犬のような表情をする酒瀬川を見た茶一は、呆れたような顔をする他無かった。



Scene 3


 友人の百瀬が茶一を介抱しに店の外に言ったのを横目で捉えた酒瀬川は、自分も行こうかと腰を浮かしたところを猫宮に止められる。

「大丈夫だよ。百瀬さん、軽音だし飲み過ぎにはなれてるよ。」

 それよりもと猫宮はチラと酒瀬川のグラスに目を向ける。

「次、何か飲む?」

「…そうだね、日本酒は飲めるかい?」

「もちろん。サヤカちゃんは?」

「じゃあ私はコークハイを。」

「わかったよ。」

 慣れた手際で店員を呼び、日本酒とコークハイにお猪口を2つ頼むと、猫宮は日本酒を飲めるなんて意外だと話しかける。

「確かに、女の子は飲まない子が多いけどね…。僕は偶然飲めたってだけだよ。」

 言外に話題を打ち切り、酒瀬川は茶一が消えた店の出入り口の方に目を向けた。当然だが何も見えるはずはなく、注文を持ってきた店員によってその視界は遮られた。


 店員は手際よく日本酒の徳利とグラスを並べ、空いたグラスを回収していくと去っていく。その背中に礼を投げかけながら、酒瀬川は少し味が濃すぎる焼き鳥を串から外した。

「酒瀬川さん、注ぎますよ。」

串を外し終えるのを待って、猫宮が徳利を持つ。あぁ、どうもと大人しく注がれると、今度は交代して猫宮のお猪口に酒を注いだ。

「…。」

「ふぅ。」

 息を吐いたのは猫宮だ。酒瀬川が目を向ければ、店内の橙色の照明のせいでわかりにくいが少し頬が紅潮している。

「放送部だったかな。猫宮さんは。」

「へっ⁉あ、あぁ。そうなんですよ。」

「いっつも昼に放送してますよね。確か…なんて名前でしたっけ。」

 お酒が入ってご機嫌なのか、サヤカも話に入る。

「○大昼ラジですよ。まぁ、やっぱり誰も聞いてませんよねぇ。」

「茶一君はなんだかんだ時々聞いてるみたいだけどねェ。」

 有り難いことで、と複雑な表情でお猪口を煽って、猫宮はパクパクと唐揚げを口に放り込んだ。


「そういえばアヤさん、結局茶一さんとはどういう関係なんですか?」

「あー、それ俺も聞きたい。どうなの?」

 空いた猫宮のお猪口に少し多めに日本酒を注いでいた酒瀬川は唐突に振られた話題に細い眉を上げて反応すると口元に少し笑みを浮かべた。

「腐れ縁…かな。友達みたいなものだよ。」

 酒瀬川はそう言いながらも先程友人と店外へ消えていく友人を思い出し、胸焼けを酒のせいにしてお猪口を傾けた。



Scene 4


「茶一君はご飯を作る才能があるねぇ。」

 やっぱり、料理人の親父さんの息子なんだねぇと、野菜炒めを頬張りながら酒瀬川は感心する。一方褒められたはずの茶一は微妙な表情で礼を返すにとどまった。

「嬉しそうじゃないねぇ。僕が誉めてるっていうのに。」

「アヤは昔から何食っても旨いって言うからな。」

 素っ気なく食べ終わった食器を洗いながら返す茶一に対し、酒瀬川は優しさに溢れた目を向ける。やや幼さの残る顔つきの彼女が、今ばかりは年上にように感じられて胸元にしつこさを覚えた茶一は慌てて目線を手元に落とし、ごまかすように酒瀬川の口元のソース汚れを指摘した。


慌ててティッシュで汚れを丹念に拭う姿を見てハムスターのような愛らしさを感じつつ、茶一は洗い物を終わらせ湯を沸かす。

「しかし、君も家を継ぐなら大学に進まなくても良かったんじゃないかい?」

「親父がな、大学出てても不利益はねぇから行けってよ。」

「ククッ、それはもっともだ。」

でも、と酒瀬川は続ける。

「その御蔭で僕は餓死せずに大学生活を満喫できているんだ。シェフには感謝しないとだねぇ。」

「バカ言ってないで早く食ってくれ。片付かん。」

「君は私の母親か何かかい?」

「食い終わって茶を飲んだら、自分の家に帰って片付けをしろ。」

「早く追い出そうとしてないかい? ねぇ、なぜあからさまに目を背けるんだい。茶一君?」

 湯が湧いたといそいそ紅茶を淹れる茶一が酒瀬川に目を向けることはなく、酒瀬川はその日片付けをしなかった。



Scene 5


 春も終わろうかという頃、部屋でだらしなく休日を満喫する茶一にLINEの通知が届いたのは夕方のことだった。もっとも、映画に集中していた茶一が実際に内容を見たのは深夜になってからだったが、内容を見た茶一は呑んでいた紅茶を溢す羽目になった。


猫宮ねこみや:明日の合コン、酒瀬川さん誘ったらお前も連れてこいって言ってたから来てくれ。


 結局その日は夜遅かったこともあり、茶一は返事を返さなかった。


 翌日講義に遅れた茶一は、教授が終了を掛けるや否や女子と話している猫宮に詰め寄った。

「猫宮、昨日のLINEだが。」

「まぁまぁ落ち着けって。まずは場所を変えよう取って食おうってわけじゃないんだ。……いや、隈すご。寝た? ちゃんと。」

「お前みたいな男に言われても信用できん。いつ酒瀬川と知り合ったんだ。」

 講義室の外へと足を進めながら不機嫌さを隠そうともせずに茶一は尋ねる。茶一と酒瀬川はクラシックギター部。猫宮は放送部だ。学部もそれぞれ3人共違うため接点がない。妥当な疑問であった。

 その疑問を猫宮は笑い飛ばした。

「酒瀬川さんの友人の友人なのよ俺。」

「聞いてないぞ。」

「言う義務はねぇだろ。で、来てくれんの?合コン。」

 茶一は胸骨の奥にガムがへばりついたような違和感を感じつつ、参加費と店を聞いた。



Scene 6


猫宮:ねぇ、酒瀬川さん。日曜暇?

 酒瀬川あやのXpERIaにLINEで見覚えのないメッセージが届いたのは、夏に入ろうかという時分の昼頃だ。見慣れない送信元と不規則な生活からくる眠気に目を細め、しかし少し前に合コンで連絡先を交換した相手だと思い出すと得心がいったように、且つ面倒そうに後頭部をワシワシと掻いた。癖のあるショート・ミディアムの髪がボサボサになっていくが気にした様子もなく、大口を開けてあくびをする。

 大学生の夏休み。人生でも有数の長さを誇る暇な時間だ。その日一日中ほったらかしにした挙げ句、酒瀬川は好奇心から暇だと返信をした。


猫宮:今度■木駅にオープンするカフェが有るんだけど、一緒にどう?

 返信が有ったのは翌日の朝だった。

 二人きりで有ることを断る理由にしようと思う酒瀬川だったが、すぐに来た百瀬ももせさんも一緒にというメッセージで行く旨を返信した。少し特徴的なファッションの、猫をかぶっているようで実は被っていない友人の顔を思い出すとそう返事する他無かった。

「茶一君にたのまれちゃったしね。」



Scene 7


 カンパーイとグラスが合わされ、各々が口を湿らす中、猫宮が口を開く。

「今日は参加してくれてありがとう! 幹事の猫宮です。趣味は音楽。経済学部で放送部の21歳です。彼女はいません! 誰かなってください!」

 自虐でささやかに笑いを取り、時計回りに自己紹介が始まる。バスケ部、写真部、ラグビー部と来て、次は男性で最後、茶一の番だった。

「酒見茶一です。商学部でクラシックギター部。22歳です。趣味は…映画ですね。よろしくです。」

 趣味を言う際になにやら迷うように眉を動かしたものの、無難に薄い笑みを浮かべながら自己紹介を終えたことに息を吐き、手元のカシスオレンジで口を湿らせた。

「じゃあ次は僕だね! 酒瀬川朱だ。文学部、21歳、出身は■▲で酒見くんとは高校からの付き合いだ…。あぁ、恋人ではないから安心してくれたまえ。趣味は音楽だよ。よろしく。」

 茶一と付き合いがあるという場所で若干場が静かになったものの、よろしくとにこやかに手を挙げる。

 次の自己紹介が始まると、酒瀬川はちらっと茶一に視線をやった。逃げるようにカシスオレンジを喉に流す茶一を少し笑うと、時分もハイボールに口をつけた。



Scene 8


「おや、待たせたようだね。すまない。」

 猫宮と待ち合わせの時間通りに酒瀬川が現れると、もうすでに百瀬と猫宮は到着しており、談笑していた。

「いや、待ってないよ。じゃあ行こうか。」

 行こうかも何も、待ち合わせ場所が行き先のようなものである。実際に彼がしたことは、歩きながら話すでもなく、そのまま二人を店の中に入れて自分も続いただけだ。

「へぇ…」

「すごーい、おしゃれだね!」

 大仰に驚く友人に異議申し立てをしようと酒瀬川が口を開きかけると、猫宮がそうだよねぇと流してしまった。

「酒瀬川さんもそう思わない?」

「あぁ…うん、そうだね。フフッ。」


 席に案内され、メニューを渡すと店員はいなくなった。開くと、イタリックに傾いた文字で料理名が書かれている。

「じゃあ僕は桃のパフェにするよ。」

「えー、待ってよアヤちゃん。」

「急がなくて良いとも。猫宮さんは何を頼むんだい?」

「俺はチーズケーキにするよ。飲み物はどうする?」

「僕はもう決めてるよ。モモくんは…少し置いておこうか。」

「そうだね。」

 メニューを見て目移りが止まらない友人に、二人は苦笑いを見合わせた。



Scene 9


「ねぇ、アヤちゃんは~好きな人とかいないのぉ?」

 寒空のもと、凍てつくような風に目を細めながら、百瀬は友人に問うた。時刻は19時。空は暗く、学生も誰もかも早足で帰路に就いている。酒瀬川は少し考えて、無言を貫いた。少しハジけたファッションをする友人は時折恋の話がマイブームになると学習しているがために。

「アヤちゃん、ちょっと変わってるけど美人だし~、生活力無いけど社交的だからぁ、彼氏とか作れそうなのに~そういう話聞かないなぁって。」

 ぼんやりと下宿先へと歩きながら、目を伏して失礼と賛辞を言う友人に、何と返すか迷った酒瀬川は、ふぅと息を吐いた。

「僕は恋愛をしたいわけじゃないからね。何か有ったのかい、モモくん。」


 曰く、百瀬の友人が失恋してえらく落ち込んでいるという話のようだ。詳しく聞けば、その子よりも美人な女子にかっさらわれたとか。

「まぁよくある話だねぇ。」

「ねぇ。でも、私は顔も普通だしぃ、アヤちゃんみたいに自信もないからぁ…アヤちゃんなら彼氏なんてすぐに作れるんだろうなぁって。」

「…そっか。まぁさっき言ったように、僕は恋愛するつもりはサラサラ無いし、考えたこともないから安心するといいよ。それに、恋愛が人生の全てってわけじゃないんだからネ。」

やや沈んだ空気を快活に笑い飛ばせば、百瀬も少し表情をほころばせる。それを見て、酒瀬川は意地の悪い、ニヤっとした笑みを浮かべた。

「で、私のかわいいモモくんは誰が好きなのかなぁ?」

「えー、いないよそんな人ぉ!」

寒風が吹く住宅街に、にぎやかな会話を咲き散らせながら二人は歩いていった。



Scene 10


「ごめんねぇ、ちょっとお手洗いに…。」

 カフェに入ってやや経った頃、百瀬がトイレに席を外した。サッと後ろを振り返って声が聞こえないほどの距離が開いたことを確認すると、猫宮は人のいい笑みを浮かべて、パフェを掘る酒瀬川に問いかけた。

「酒瀬川さんと酒見って、どういう関係なの?」

 質問を受けた酒瀬川はいつもは涼し気な目を訝しげにやや開くと、ちょうど口に運んでいたスプーンからパフェをパクリと食べると、ん~と思案顔になる。

「友達…っていうと薄っぺらくなっちゃうねぇ…恋人でもないし…」

 やや有ってから困ったように首を傾げる酒瀬川をじれったく感じながらも、恋人ではないと口にしたときに猫宮はやや口角を上げた。

「そうだね、波長が合うんだ僕らは。僕は彼に気を使わないし、彼も僕に遠慮なんてしない。それでいて、互いに傷つくようなこともない。」

 これ以上の言語化はできないかなぁと困り顔で笑いかける酒瀬川にやや鼓動の速度が上がったのか、右手でさり気なくシャツの胸元を触りながら、猫宮はコーヒーで口元を湿らせた。


「じゃあ、君はどういう人が好きなんだい?」

 アメリカンコーヒーの香りで落ち着こうとしても落ち着かない素振りで、猫宮は増えた瞬きの回数を誤魔化そうと前髪が気になると言った風を装って質問を重ねる。

「残念ながら、僕は恋をしたことがないんだ。」

 そう言って少し跳ねっけの有るラベンダーブラウンの髪をいじる。いつの間にか完食したパフェグラスを横に置き、アイスティーのストローを咥えて残りを飲み干すと、酒瀬川は席を立った。

「でも、僕は君と恋愛をするつもりはないんだ。ごめんね。」

 楽しかったよと代金を卓上へ置き、店を出る気満々の酒瀬川に猫宮は見とれている場合じゃないと焦る。

「…ぇえ? あ、ちょっ…。」

 されど、混乱した思考では言葉にならずに引き止める間もなく、じゃあねと酒瀬川は店を出ていく。酒瀬川がつけていた金木犀の香水が鼻をくすぐり、猫宮は伸ばしかけた手の置き場を失ったように手を握った。



Scene 11


 合コンが始まって1時間15分程。2回目の席替え。茶一の前に座る女性は小柄で伏し目がちな黒髪をしている。しかし着ている服装はパンキッシュで、どうにもアンバランスだ。

「百瀬さん、でしたっけ。」

 話をしないわけにもいかないだろうと話を振ると、百瀬は華が咲くようにニッコリと笑った。

「茶一さんですよね。いつもアヤちゃんからは聞いてますよ。」

 茶一は曖昧にそうですかと笑うと、モスコミュールで気合を入れる。

「ちなみにいつもどんなふうに?」

「えぇ~。料理がうまいとか、映画の趣味が悪いとかですよぉ。」

「他には何も…?」

「んー…アヤちゃん話してくれないんです。それよりも、ちょっと良いですか?」

 なんだなんだと茶一が顔を近づけると、百瀬はヒールで茶一の脛を蹴り飛ばした。

「ゔぁ…。」

「あ~、大丈夫ですかぁ? あたしちょっとぉ介抱してきますねぇ。」

 脛を蹴られたことで前かがみになった茶一の姿勢は酒を飲みすぎて体調が悪い人間のそれに見えたか、参加者から笑われながら茶一はフラフラと百瀬に引っ張られて店の外まで引っ張り出された。

「ごめんなさい茶一さん~、痛かったですよねぇ。」

「あぁ…うん、もういいよ。合コンの途中で抜け出すなんて積極的ですね百瀬さん。」

 からかうように右手を体の横で広げながら冗談めかして言うと、そんなわけないでしょ~と冷たくあしらわれて、茶一はポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「タバコ吸うんですねぇ、茶一さん。」

「実家の仕事の関係で普段は吸いませんよ。」

アヤも嫌がるしとつぶやくと、ふぃ~っと長く煙を吐いた。

「年に2本ぐらいだ。」

「そうですかぁ。まぁ~どうでもいいので、本題に入りましょ~。茶一さん。」

ぐいっと顔を近づけた百瀬の耳に、髪で見えなかったピアスが3つほどついているのを見た茶一はゴクリと生唾を呑んだ。しかも茶一が黒髪だと思っていた髪は青くインナーカラーがされていた。

「猫宮さんをアヤちゃんに手出しさせないので、代わりに私と猫宮さんをくっつけてください。」

 経験したことのない寒気を感じた茶一は、赤べこのように頷く他無かった。



Scene 12


「あー、帰っちゃいましたかぁ。アヤちゃん。」

 トイレから戻った百瀬は酒瀬川の姿がないことに気づき、猫宮の隣に腰掛けた。

 呆けていた猫宮はやや遅れて起動ボタンを押した古いPCのようにぎこちなく再起動を果たし、卓上のコーヒーを喉に流している。

 百瀬はため息を吐いて、猫宮に笑いかけた。

「私言いましたよ~。アヤちゃんは茶一さん以外見えてないってぇ~。この後も茶一さんとお出かけみたいですしぃ。」

「そうだね…僕には彼女は遠すぎたみたいだ。」

「なので~…アタシが猫宮さんをもらおうと思いますぅ。」

「そうだね…ん?」

 ぼぅっと生中な返事をした猫宮は違和感に気づき、横を見ると、にっこり笑ってパンケーキを自分の口元へと差し出す百瀬が見える。

「どうしたんですかぁ、猫宮さん。早く食べてください~。」

「あ、済まない。」

 平然と笑ってパンケーキを突き出す百瀬の耳がやや赤いことに気づいた猫宮はおずおずと差し出されたパンケーキを口に入れた。予想外のアプリコットジャムの甘さが口の中に広がるのを感じて、猫宮は思わずおいしいと口にした。



Final-scene


 休日のショッピングモールといえば、子供がアチラコチラで声を張り上げ、家族連れの父親がくたびれて椅子に座っている中、母親はゆうゆうと人混みをすり抜けて買い物をすると言った光景が広がる。しかし、平日ともなると静かなものだ。それが昼ならば尚のことである。


「紅茶を買うのに僕を連れてくる必要は有るのかい?」

 温泉のカピバラのようにリラックスしたあくびを隠そうともせず、伸びをしながら酒瀬川は隣を歩く茶一に向かって斜め上に文句をつけた。

「誰かがうちに上がり込んで、とんでもない速さで消費していくからな。」

「おぉ、こわい。泥棒でも入られてるんじゃないかい?」

 悪びれもせずに、首の後ろを触りながら物騒な時代だな~と尚も面倒そうに言う酒瀬川に、茶一は眉をひくひくと動かす。

「ほぅ、じゃあ置いている安物のティーカップは泥棒のものだから捨ててもいいんだな。」

「泣くぞ? 良いのか? 謝るから許しておくれよ。」

「じゃ最初からバカなこと言ってないで付き合え。ほら、着いたから好きな茶葉選んでおいで。」


 2人がたどり着いたのは紅茶専門店。茶葉のサンプルがずらりと並び…そのあまりの数の多さに酒瀬川は目を回した。

「いや…わからん。」

「あー…。」

 目を白黒させて固まってしまった酒瀬川に、茶一は顎に手をやって苦笑する。

 傍目にもお困りのお二人だ。当然、店員に声をかけられてあれよあれよとオススメの茶葉を試飲する流れになってしまうが、サンプルを飲み始める頃には酒瀬川も落ち着いた訳知り顔でふぅンと唸ってみたりしていた。


「こちらはアールグレイですね。茶葉にはダージリンが使われております。」

「へぇ、爽やかな香り。……店員さん、もう少し甘いのが好みなんですが…。」

 男性というものは女性の買い物を待つ運命に有るのか、茶一はいつも買う茶葉を購入した後は離れた場所で店員と話す酒瀬川を観察していた。

 店の前にぼぅっと立っていると話し声も聞こえず、店員となにやら話し合っている様子の酒瀬川を見ながら、シンプルな服をよく着こなすものだと茶一は感心していると、選び終わったふうで酒瀬川が袋を持って出てくる。ふわっと香る金木犀の香りを意外に感じながらも、茶一は手を上げて出迎える。

 置いていかれたことに文句を言いたげな酒瀬川の様子を感じ取った茶一は、香水が似合っていることを伝えると、ふぅン…と酒瀬川は髪をいじった。


モールを出ると、夏の斜陽が二人に長い影をつくる。

「ところで、なんの茶葉を買ったんだ?」

「ふふっ、秘密さ。楽しみにしておくといいだろう。」

「なんだそりゃ。」

ふざけながらも、酒瀬川は袋の中のローズティーと、合流する前に買ったバラの花を頭に浮かべ、緩む口許を締められない様子で笑みを浮かべる。

「茶一君は鈍いからどうせ察せやしないだろうけど、分かるまで伝えてあげよう。」

「はぁ? 何だそりゃ。おい、まて。走るとコケるぞお前!」

 言うやいなや酒瀬川は小走りで駅へと走り出す。

 熱い耳も、頬も、夏のせいなんだろう。茶一君はすぐに追いつくだろうけど、その時に言い訳できるように。そして、ずいぶん走るのが遅くなったねぇなんてからかえるように。


Fin.



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読みにくければすみません。

どうしてもやりたかったんです…。

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