彼と私と白い犬 ~あるぬいぐるみの物語~ 【KAC20232】

藤井光

彼と私と白い犬 ~あるぬいぐるみの物語~

 彼と十数年ぶりに再会したのは、お互いの親の意気投合からだった。

 お互いそれなりの年齢になっていたし、幼なじみでもあった私達を結婚させてしまいたいという思惑からだったらしい。


 当の私らそっちのけで話は進み、渋々ながら私達は付き合うことになった。

 とりわけ私の親には、当時公務員だった彼を、絶対逃すな、と言われていたほどだ。

 正直重荷だったと、今にして思う。


 私達は度々二人で一緒に出かけた。

 花見に行った。映画に行った。遊園地に行った。

 何度目かのデートで県外のショッピングモールに出かけた。

 私に誕生日プレゼントだ、と当時最新型の携帯型ゲーム機を買ってくれながら、彼は白い犬のぬいぐるみを選んでいた。

「犬が好きなの?」

と、きくと

「白いふわふわした犬が好き。ほら、こいつ。」

と言って、携帯の画面からあるサイトを見せてくれた。

 当時彼が運営していた個人サイトだった。


 そこにいたのは白い犬。彼曰く、彼の描く世界の守り神みたいな存在らしかった。

 私は決めた。このあとやってくる彼の誕生日に、その犬のぬいぐるみを作ってやろうと。


 もともとぬいぐるみ作りの心得はあった。ゲームやアニメのキャラクター、動物のぬいぐるみ等は、我流ではあるが、学生時代から作っていた。

 白いネルを買った。ピンクの布を買った。型紙はなかった。

 サイトの絵を参考に、何度も試行錯誤しながら、白い身体、耳はピンクのふわふわの犬を作り上げた。


 誕生日に渡すと、彼は大変喜んでくれた。

 けれどその後、許しを得ずに求めてきた彼を私がひっぱたいて、私達の関係は終わった。


 当時私は飲食店に勤めていた。朝は早く、夜は二十二時を過ぎる。それでも仕事に一生懸命だった私に、恋愛をする余裕などなかった。

 気がついたら、あれから三年経っていた。


 あるとき電話が鳴った。 彼からだった。

「一緒に映画に行かないか。」

 本当に迷った。

 迷いに迷ったが、行くことにした。私も正直焦っていたのかも知れなかった。


 映画はまさかの戦争映画だった。一般的にはデート向けの映画ではないだろう。

 だが私は戦争映画が嫌いではない。むしろ好きだ。正直、ラブロマンスよりもよっぽど好みである。

 そういえば、前回付き合っていたときにも戦争映画は何本か見た。

「お前、女のくせにこんなのが好きなのか。」

などと言われながら、映画の後にはいろんなシーンや感想を語り合うのが恒例になっていた。

 そして再度並んで映画を見ながら私は、ああ、だから私はこの人にぬいぐるみを作ろうと思ったんだ、この人が去って行ったとき悲しくなったんだと再確認できた。


「もう一回、付き合って欲しい。」

映画の後で彼は言った。

「あの犬のぬいぐるみを見ていてずっと思っていた。前は酷いことをしてしまった。付き合っていて、お互いの趣味は合っていると思っていた。もうあんなことはしないから、もう一度俺と付き合って欲しい。」

あまり覚えていないが、そんなことを言われた気がする。


 そんなこんなで、また私達は付き合い始めた。

 戦争映画はまた見るようになった。彼の好きなゲームやアニメの話も自分と合っていたことに気づいた。

 そしてまた何度目かの映画の後、彼は言った。

「指輪、見に行かないか。」



そして、月日は流れて――


「ねえ。」

テーブルにもたれ、目の前の犬のぬいぐるみの鼻をつんとやりながら私は言う。

 台所の向こう、居間のジョイントマットの上では、横になった夫が二人の娘に襲われている。

「なにー?」

娘に潰されながら夫が答える。

「運命ってさ、あると思う?」

「はいー?」


 娘達の大声で、私の声は聞こえなかったらしい。

 でも私は思う。運命はあるのだろうと。

 彼の作品の中にいた白い犬の守り神。彼が私達を再度引き合わせてくれたのだろう。


「おかあさーん!」

いつの間にか足下にいた上の娘が、私の膝にアタックしてくる。

「痛いわー!」

言いながら私は、娘の頭をぐちゃぐちゃになでる。


 白い犬のピンクの部分はすっかり色あせてしまっている。けれど、

「ありがとう。」

私は犬へと礼を言うと娘を抱いて居間へと駆け出し、夫の上へと低い位置から娘を落とす。

「うぎゃー!」

夫のふざけた悲鳴が上がる。


 大好きな夫がいる。娘がいる。

 この未来があって本当に良かった。

 私は今、とても幸せだ。

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