清都会執行!
七四六明
清都会執行!
中高一貫校、
第四八代生徒会長。
立てば刀剣。座れば戦斧。歩く姿は高潔の騎士。
容姿端麗。文武両道。才色兼備。冠前絶後の超人間。
「では、これより定例会議を始めます」
「疲れたぁ……シンくん、珈琲買って来てぇ、お金出すからぁ」
ただ、完璧超人も常に完璧でいる事は出来ない。
心許せる人の前では、素とも呼べる一面を晒す。
要にとってそれは家族以外では、彼――
「わかりました。じゃあ、俺の分も買って来ていいですか。お金は会長持ちで」
「ありがとう。あ、珈琲はねぇ――」
「いつもは無糖ですけど今は微糖の気分なんでしょう? わかってますよ。大体会議が長引くと、甘いの欲しがりますよね。甘いの苦手な癖に」
やれやれ、と部屋を出て行く真輔の後ろ姿に、要は小さく「何よ」と零す。
幼稚園時代からの幼馴染で長い付き合いであったが、両親以上に自分の事を知ってくれているのが相変わらずこそばゆい。
自分自身の気持ちにも気付いているからこそ、彼がどう思っているのかはわからないから余計にもどかしくて、一人になるとそう言った気持ちに深く入り込んでしまうから、一人という時間は嫌だった。
だからと言って、こんな形で破られたくはなかったのだけれど。
「会長」
「な、何かな、シン! そう気配もなく入って来られると――」
「悩み事だ」
「……わかった」
仕事の時は、主に学校の行事や会議等を差す。
が、悩み事の時は違う。依頼主は学校でも生徒でもない。
カーディガンからスーツに着替え、一階階段倉庫の最奥にあるロッカーを改造したエレベーターに乗り、地下へ。
約地下五階相当の階層にまで下りた二人を待っていたのは、学園で同じ使命を持った数少ない生徒の面々であった。
風紀委員長、副委員長。
環境美化委員長、副委員長。
園内放送部委員長、副委員長。
経理部委員長、副委員長。
情報広報部委員長、副委員長。
「満を持しての登場ネ、生徒会長」
「経理部委員長……学内ではともかく、ここではいがみ合いたくないな。部活動経費会議以外で、おまえと言葉で戦いたくない」
「そんな事言って、この前は風紀委員にたっぷり持って行ったじゃナイ。あの時は負けたワァ。ねぇ、風紀委員長? あなたもそう思うでショ?」
「……俺は、俺の風紀を守るだけだ」
「経理部委員長、生徒会長。因縁の対決はまた今度。ボスがお出でだ」
お出で、とは言ったがその場に現れる訳ではない。
十二人の集まった部屋に備えられた巨大モニターに映し出される。
表の顔は戦原学園二一代目理事長。裏の顔にして真の顔は、東京都を守る若き精鋭達、
「ボンジョールノォ。皆様今日もお元気ですのぉネ?」
「前置きはいい。用件を早く言え」
「風紀委員長は相変わらずご機嫌斜めのご様子。これ以上斜めになる前ぇに、本題へと移らせて頂きますぅノ!」
モニターに映るボスの画面が右端に小さく縮こまり、代わりに東京都二三区の地図が映し出された直後、幾つかが赤く点滅し始めた。
場所は千代田区。新宿区。渋谷区。中野区の四か所。
「情報広報部の活躍によぉり、今日午後四時! 以上四か所で当学園の生徒が闇バイトに関わる疑いがありますぅノ!」
「すぐ締めに行く」
「おぉ、お待ちになるノォネ、シニョール
「風紀を乱す奴が前からわかってるなら、やる前に消した方が良いに決まってるだろ。何故事が起きてから動く」
「彼らが説得に応じるようなぁら、既にここまで事態は進んでいませんーノ! 彼らは今日までの忠告と警告をオール無視して、事に及ぼうとしています―ノ! だからせめて、被害が出る前に彼らを現行犯として捕縛し、実刑だけは阻止する事に決めたノーネ!」
風紀委員長の伊達も舌を打つ。
黙って元の椅子に座ったのを確認し、理事長は話を改めた。
「ではもう一度言いますと、この四区四件の家に、我が学園の生徒が関与していると思われる強盗事件が計画されています―ノ! 皆様には各エリアに直行し、事件が起きたと同時に突入! 強盗団一味を、一斉検挙するノーネ!」
「強盗事件の事と我々が介入する事は、警察と標的の家の家族の皆さんにも情報は共有済みです。僕ら情報広報部は学園に残って皆さんをサポートしますので、皆さんは四つのグループに分かれて一斉検挙に掛かって下さい。くれぐれも、失敗しないで下さいね。愚痴を呟くために作った裏アカまで運用して情報を探した、僕のために」
「ご協力感謝するノーネ、シニョール
話し合いなんてほとんどない。
風紀委員長は基本単独。
環境美化委員の副委員長は病弱なので、こんな過酷な現場に行かせはしない。なので環境美化委員長と、風紀委員の副委員長がセット。そこに園内放送部が合わさった六名が一組。
そして経理部。生徒会がそれぞれ一つを担当する事が、暗黙の了解の如く決まる。
話し合ったのはせいぜい、それぞれの行き先くらいだった。
風紀委員長は中野。
六人組は渋谷。
経理部は千代田。
そして、要と真輔の二人は新宿区を担当する事となった。
「敵の構成は」
運転手が無言でタブレット端末を渡して来た。
情報広報部がSNSから解析したのだろう個人情報が、ズラリと並んでいる。
「無能力者が三人。能力者が二人……拳銃の所持はないようだが……昨晩の包丁の購入履歴が気になるな」
「能力の内容はどうなんでしょう」
「いわゆる
「人類で四割しかいないとされる異能力者の中でも、かなりメジャーな能力ですね。生徒会長の能力なら、問題なく処理出来るかと……にしても、いつ見ても見慣れないですね、それ」
凛とした花の如く。鋭利な刃携えた刀剣が如く。
そんな生徒会長、上杉要の膝の上に鎮座しているのは、何とも愛くるしい犬のぬいぐるみ。幼稚園児が大事そうに抱き締めて離さないのなら納得出来そうな可愛さを腕の中に内包した要は、ずっとそのぬいぐるみを抱き締めていた。
「な、なんだ。もう見慣れただろう。おまえは」
「いや、年齢重ねる毎に違和感が増すんですよ。会長のキャラと、ぬいぐるみの愛らしさが絶妙にマッチしてなくて」
「……そんなに、私がぬいぐるみを集めるのはおかしいか?」
「俺は何とも。ただ他の生徒に会長の自室を見せるのは、おススメしません。ベッドの上も机の上も棚の中もぬいぐるみだらけ……人によっては、幻滅してしまうかもしれませんから」
「シンは何とも思わないでくれるのか?」
「何年幼馴染やってると思ってるんですか? 会長が会長である前から、俺はぬいぐるみ好きのあなたを知っています。今更幻滅も何もしませんよ。ただ、いつ卒業するのかなとは、思いますけどね」
「……意地悪」
午後四時。
実行犯。警察。そして、清都会の活動開始時刻となった。
実行犯はそれぞれの家宅へ突入。それぞれがそれぞれの洗礼を受ける事となる。
新宿区内某家宅へ突入した五人は、前以て調べておいた情報とは異なる状況にたじろぎつつも、五人揃って中へ侵入。
金庫のある部屋へと突進していったが、既にそこには先客がいた。
「清都会だ! この家は既に警察によって包囲されている! 両手を挙げて跪けば、痛い思いはしなくて済むぞ?」
「ふざけ――」
「跪け!」
音はなかった。
が、男の両脚に風穴が空き、立つ力を奪われる。持っていた包丁を投げ付けようと掲げた手も窓の外から撃ち込まれた何かに狙撃され、包丁を持っていた手がグチャグチャに変形した。
痛みを堪え切れなかった男の悲鳴が響く。
そんな男の悲鳴に激高する仲間が要へと斬り掛かろうとしたが、先の男と同じように両脚と両手を撃ち抜かれ、持っていた包丁を床に落としながら倒れ伏した。
二人が瞬く間にやられ、強盗はまるで動けなくなった。
その場にいないスナイパー。確実に異能であろうが、何の異能かわからない得体の知れない異能が、三人を動かさなかった。
「残り三人……後は会長一人で充分でしょうか」
三件隣のマンションのベランダから、右手で銃の形を作る真輔が双眼鏡で現場を覗く。
距離はおよそ五六〇メートル。指先に凝縮した空気を放出。銃弾として撃ち出し、正確無比な狙撃を行なった真輔の脚に、血気盛んな男の子が眩い眼差しを向けていた。
真輔は男の子の頭を撫で、要にも滅多に見せない微笑みを見せる。
「僕、ベランダ貸してくれてありがとう。今度、銃の扱い方を教えてあげようか」
「お兄ちゃんって、スパイ?! 何処かの組織に入ってるの?!」
「……そうだね。君も学校に行くようになったら、入るといい」
真輔の視線が消えた。
本来なら気付けない距離だが、幼馴染だからこその感覚だ。
真輔の狙撃が終わったと言う事は、つまりここからは自分の出番と言う訳だ。尤も、能力の系統から言って自分の出番という表現が正しいかは怪しいところだが。
「さぁ、残りの君達はどうする? 大人しく捕まってくれるとありがたいんだが」
と言ったところで、能力者二人が前に出て来た。
片やライターを手に持ち、片や硬化した手刀で今にも斬り掛からんとする臨戦態勢だ。
仕方ない、と言ったところで、要は抱き締めていたぬいぐるみを足元に置いた。
この場で唯一不相応の愛くるしさを持った犬のぬいぐるみ。だがそれも、異能力者の手によって強力な武器――いや、兵器と化す。
尻を突いて座っていたぬいぐるみは一人でに震え出すとピンと伸ばしていた四足を床に付けて立ち、ぬいぐるみなら動かないだろう可動域まで首を動かして、三人を見上げて来た。
そうして、犬は姿を変える。
膨張した体の中に入っているのは綿ではない。筋骨隆々とした血肉。
茶色だった毛皮はおどろおどろしい黒へと変色し、愛くるしかった顔は三つに分かれ、それぞれに一本ずつの角を生やしている。
牙鳴りを響かせる口元から垂れる唾液が床に落ちると赫い花が咲いて、ただのフローリングだった部屋が一面赫い花に埋め尽くされた。
知っているなら誰もが想像しよう。
彼らの目の前にいるそれは、まさしく彼らが想像し得るそれへと変貌を遂げた。
三つ首を持つ冥府の番犬、ケルベロス。
「付喪神は知ってる? 大事にしてる物に魂が宿る。私はぬいぐるみに魂を宿して操れる。ただのワンちゃんでも、私に掛かればこの通り……では、清都会を執行します!」
ライターの炎が蛇のようにうねりながら迫る。
手刀を構えた青年が突進する。
だがケルベロスは炎を喰らい、硬化された手刀を噛み砕き、男達の頭に喰らいついて首を噛み砕き、咀嚼した頭をその場に吐き出してみせる。
残された青年は包丁を手に、その場で震えて動けずにいた。
「君は戦原学園の生徒だな。あそこに通う生徒の家庭はほとんどが富裕層だ。そうでなくとも成績によって学費を免除されるはず。何故こんなバイトに手を出した」
「な、何を今更……富裕層って言ったってなぁ! そりゃあ入学当時の話だ! その後家庭の経済状況がどうなるかなんて、学園は知らぬ存ぜぬだろ?! 何故も何も、必要になったからヤる! それだけだぁ!」
「そうか……」
包丁を持つ両腕。頭に噛み付かれ、砕かれる。
異能力者でも勝てない相手に挑み、為す術なく倒れた男は背中から倒れ伏して、そのまま動かなくなった。
「終わったぞ」
『了解。他三件も無事に終わったとの事です。お疲れ様でした、会長』
「うん」
ケルベロスが元のぬいぐるみへと戻ると、フローリングに広がっていた赫い花々が散って消える。同時、ケルベロスに噛み砕かれた男達の体も元に戻り、意識を奪われただけの状態となった。
付喪神はあくまで霊体。起こした出来事の全ては夢幻へと帰す。
何より、ぬいぐるみが人を噛み殺すなんて事はあり得ない。そんな怖い存在に育てるために、愛情を注ぎ続けて来た訳ではないのだから。
帰りの車の中。
ぬいぐるみを抱き締めて俯く要と、窓の外を見つめる真輔。
ただし隣り合って座る二人は手を繋ぎ、指同士を絡めていた。
「……闇バイトに加担してたうちの生徒、家庭環境が大きく変わってしまったんだろうな」
「だからといって、強盗は正当化出来ません」
「それはそうだが……ぬいぐるみでも送ってやるかな」
「会長の趣味に付き合わせる必要はないかと」
「だが、少年院で話し相手が必要になるだろう?」
「ぬいぐるみしか話し相手がいなかったらそれはそれで問題になります。幼少期の会長ではないのですから」
「私にはシンがいた」
「そうでしたね」
「……明日、また新しいぬいぐるみを買いに行くか。付き合え、シン」
「またですか。一体いくつ集めたら気が済むんです」
「……そんなに、私がぬいぐるみを集めるのはおかしいか?」
「そうですね。意外性があって、可愛らしい趣味かと」
「そうか……そうか!」
東京都の平和は、今日も守られた。
清都会執行! 七四六明 @mumei
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