第18話

「……好きって言葉を返すのが、怖いんだ」


 思えばつい、素面ではとても言えない本音が口をついて出ていた。たいして飲んでいないつもりだったが、意外と酔っていたのかもしれない。俺の言葉に遠藤は意表を突かれたような顔をして、俺の顔をまじまじと見た。ほとんど中身の入っていないジョッキをあおってから、俺は吐き出すように言葉を続けた。


「俺が気持ちを返したら、きっともう戻れなくなる。大切だから、好きだからこそ相手を俺に縛りつけたくない。好きって言って抱きしめたいのに、抱きしめた後の周りの反応が怖いんだ。完璧すぎる相手に俺が見合うはずないっていつまでも思ってしまうのが、嫌だけどやめられなくて……全部、全部怖いんだ……」


 頭で言葉を組み立てる余裕もなく口にした言葉は、支離滅裂だったと思う。それでも遠藤は真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれていた。遠藤のその真剣さに俺は少し救われたような気がする。



「……吾妻さんは、その人と恋人でいること……辛いですか?」


 そんな視点で五紀と自分の関係を考えたことはなかった。五紀との時間はただ幸せで、一緒に過ごせるだけで生きている意味の全てが満たされたような気になる。……一人になった時、不意に出てくる俺の思考が俺を苦しめているだけなのだ。ただ……


「…………辛い」


 そう聞かれると、多分。俺の答えはこうなんだと思った。



「それなら、そんな辛い恋は終わりにしないといけないですよね。吾妻さんのためにも」


 遠藤は優しく微笑んで、安心するほど穏やかな声色でそう言った。遠藤の言葉は心の中にすっと入ってきて、俺は確かに遠藤の言う通りだと思った。辛い思いを抱えたまま五紀との関係を続けるなんて、五紀にも失礼だ。


「吾妻さんの計画……実行してみましょうか」


 だから俺は遠藤の言葉に小さく頷いたのだ。





 ◇◇◇





 ……確かに俺はあの時覚悟を決めたのだが、とは言え緊張するものは緊張する。初めて来たラブホテルはこんなにもあからさまにセックスするための部屋ですよと主張しているものかと、逆に感心した。ベッドの脇には木の箱にコンドームが数個入れられていて、テレビをつければ明らかに大人向けなチャンネルが顔を出す。ビジネスホテルの狭い個室とは違って、少し広い部屋が余計に緊張を煽った。何度も意味なく携帯画面を確認してしまうが、時間は大して進んでいなくて俺は小さく息を吐く。


 そういえば、今日は帰らないと五紀に連絡を入れておかなくてはいけない。帰りが遅くなると連絡はしたが、律儀な五紀のことだ。きっと俺が帰宅するまで起きて待っているつもりだろう。

 そう思い、俺は携帯のロックを解除して五紀とのトークルームを開いた。『ごめん、今日はちょっと泊まることになった。先に寝ていて』と打ち込み、そこでふと遠藤に俺のメッセージが簡潔すぎると指摘されたことを思い出す。しかし、どう付け足せば良いのかもわからず結局そのままの文章で送信した。



「俺がいるのに、他の男と逢引ですか」


 突然頭上から声をかけられ、びっくりして体が跳ねた。うっかり手から携帯が滑り落ちそうになったが慌てて掴み直したことで事なきを得る。ふと見上げれば、下半身をタオルで隠したのみのほとんど裸の状態の遠藤がベッドに座っている俺を見下ろしていた。

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