第26話 方向性
アオイとミドリを殺し、自己嫌悪に陥っていたキノネだったが、その後すぐに復活した。彼女の切り替えの速さはピカイチである。
銃で撃たれた肩の怪我は、勿論完治していない。しかし、驚くべき回復力で「あ、痣が残っているな」レベルで治すことができていた。
回復アイテムがない代わりに、そういう力が高くなっているのかもしれない。キノネは、そっと肩に触れた。ピリっとした刺激がそこに走るも、顔を顰める程の痛みかと問われれば、そうでもない。
キノネは、足早にそこを去った。二つの死体がある場所に、いつまでも居たい訳がない。
多分、もう大鎌は使えない。左肩を痛めてしまったものだから、庇うように動かせば変な癖がつく。それは、駄目だ。
となれば、やはり暫く銃一つでここを生き延びなければならない。
撃たれたのが、左肩だったということが幸いだった。利き手の右だったら、銃さえ真面に扱えないところだったから。そんなことになれば、生き残ることは困難だっただろう。
不幸中の幸い。
そう思いながら、キノネはウェアラブルデバイス、基スマートウォッチを操作する。どうやら、思ったよりこれは役に立つらしい。
たかがマップアプリ付きの電子版腕時計だと思っていたが、それは大きな勘違いだったようだ。
なにより、天使と会話できるということ。どうせ大したことは教えてくれないのだろうと軽視していたが、あれだけ個人情報ダダ漏れなら、もう少し頼ってもいいかもしれない。
取り敢えず、行き先を決めようとマップを開く。すると、どうやらここは森に近いらしく、ぼんやりと緑のモサモサが一キロほど離れたところに表示されている。
まだソウキと一緒にいた頃に考えていた、「山の方は隠れる場所がありそう」という意見を思い出した。
結局ヒトハに見つかってしまったが、あれはいい考えだったのではないだろうか。
見つかるまで、森でやり過ごす。
食料はあるし、拠点さえ造ればなんとかなるだろう。
キノネは、空を見上げる。太陽がなくても明るい空は、色を変えていなかった。まるで、作り物のような違和感がある。綺麗なんだけど、それは、自然にはないような綺麗だから。
ずっと、気候は変わっていない。
鮮やかな青色の絵の具を塗りたくったような空が、黒く闇に包まれることは、今まで一度もない。
今、デスゲームを始めてどれくらいの時間が経ったのだろうと、スマートウォッチの時計機能を見る。
そこには、【15日目23:04】と表示されていた。どう考えても真夜中である。しかし、体は重くもない。瞼も、ぱっちりと開いている。
生前だと、この時間にはぐっすり夢の中だった。しかし、今は眠くもなんともない。確か、天使が眠くならないと言っていた。
自分は死んでいるのだと、こういう生前との違いで実感する。
お腹は基本的に空かないし、眠くもならないし、回復力は比べ物にならないくらいに強くなっている。
体は、透けていないけれど。私の意思は、まだここにあるけれど。
なんとなく、手を見つめる。血は、通っているように見えた。けれど、それが、本当かどうかは分からない。
バクバクと、動いているように感じる心臓は、本当は止まっているのかもしれない。
そんなはずがない……とは言い切れなかった。ここは天界で、自分は死んでいて、それで。
手のひらを、心臓に宛てる気にはならなかった。もし、それで動いていなければ、私は。これからどうやっていけばいいのだと言うのだろう。
自殺したと言うのに、死んでるかもしれないという事実にビビってる。
それが、滑稽でしかなかった。
キノネは、いつしかの左手の怪我のことを思い出した。どうでもいいだろうと思っていた、自分で切った小指は、もう元通りだった。ここまで綺麗に治ると、逆に怖いものである。
左手を振り払い、前を見据える。大丈夫。だって、死んでたとしても、今、ここに私が存在するということに変わりはないのだから。
大丈夫。
死を恐れる必要はない。だってもう、死んでるんだろう。
キノネは、確実に地面を足で踏み込んで前へ進む。しっかりとした手応え……いや、足応えが伝わってくる。
大丈夫。
これからは、森で生活する。拠点の改造や武器の手入れなどで、暇を持て余すことはないだろう。もし、そうなれば天使さんとお話すればいい。
方向性が決まると、なんだか安心する。
キノネは、その調子でいろいろなことを考えた。その方が、不安要素に気を取られなくて済んだ。
もともと、考え事は好きな質である。だから、考えながらできる読書や裁縫が好きだった。
今、どうなっているのかは考えないようにして、どうやって森で生き残ろうか考える。
キノネはワクワクした。年甲斐もなく、足が気持ちが軽くなっていくのを感じる。
キノネは冒険が好きだ。そして、こういう非日常な、無人島にやって来たみたいな空気感も好きだ。
いや、ここと無人島はだいぶ違うのだが、家がないことなどはそんな感じである。少なくとも、キノネはそう感じた。
だから、その足取りは、随分と軽いものだった。
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