第25話 理解と納得

「キノネちゃんに殺してもらったらどうかな。」


 その発言にポカンとしたのは、勿論キノネだけではなかった。


 ミドリちゃんなんかは、大口を開けている。キノネは、リアルにこんな反応があったのかと少し驚いたが、驚くべきところは絶対にそこではない。


「私に殺してもらうって、どういうことですか?」

困惑気味に尋ねるキノネに、ヒトハは「そのままの意味だよ」と返した。


「私たちは、今までこ……夫と会う為に生き延びてきたけれど、願いを叶えてもらう為ではないんです。」


「え、でも、ずっと一緒にという願いだって」


「ずっと一緒にいられることが幸せだとは思えないし、人を殺せば、夫は私に幻滅するでしょう。まだ、私たちは人を殺していないの。」


 本当は、あなたを殺す気でした。


 そんな告白に、そりゃそうかとキノネは頷いた。そうでないのなら、アオイさんは初めからミドリちゃんを止めていただろう。


 それをしなかったのは、つまりそういうことだ。


 話の脈絡で、ふと肩を見た。


 全治はしていなかったが、もう痕が残っているだけになっていた。痛みも、ほとんどない。


 恐らく、この体か場所なのかは知らないが、回復能力が段違いに強くなっているのだろう。


「けれど、私はキノネちゃんが悪い子だと思えなかったから。」


 あの人が手を穢す前に、殺してくれて良かったよ。


 それが本心なのかは分からなかったけれど、この状況がキノネにとって都合の良いもので間違いがなかった。


「本当にいいんですか?」

恐る恐る、というよりは、半信半疑という感じで聞くキノネ。だって、相手にメリットはほとんどない。疑わない方がおかしいだろう。


 それに、アオイさんとミドリちゃんは頷いた。


 どうやらミドリちゃんは、アオイさんの言葉を聞いて納得したようだった。


 キノネは覚悟を決めた。善人を殺す覚悟を。


「ミドリちゃんのお父さん、とてもいい人でした。死に際には二人の名前を呟いていましたし、来世では三人で幸せになりたいと。ちょっと馬鹿でしたけど。」


 せめて、教えてあげなければと思った。


 それに、二人は笑った。自慢であるかのように。


「お父さんはね、愛すべき馬鹿なんだよ。ちょっと会社では上手く行かなかったけど。」


 愛されていたのだと、分かった。


 愚かだと思ったけれど、彼は愛されていた。しかし、愛されていながらその人たちと一緒に心中するなんて、やっぱり愚かな人なんだと思う。


 キノネは、自身の父親を思い出していた。善人とは言い難いけれど、悪人でもなかった。そんな人だった。


 別に、父親が嫌いな訳ではない。ただ、どうなってても良い存在だった。


 自分の人生に、父親は必要ないのだと気が付いて、気を使う必要なのだと知れて、母親と同じように愛せなくなった。


 そうすれば、父親もキノネを愛さなくなった。きっと、お互いにどうでもいい人に成り下がっている。


 関係を修復しようとは思わなかった。


 そのままが、私たちは丁度良かったから。


 キノネ別に、彼女たちが羨ましいとは思っていない。なぜって、キノネは自分が恵まれているということを、知っているので。


「じゃあ、なにか言い残すことはありませんか?」

「……いや、特にないかな。」

二人が目を合わせた後、アオイさんがそう言う。それに、ミドリちゃんは頷いた。


 その時に、ふとそれを思い出す。

「あの、生き残ったら、なにをお願いするつもりでしたか?」

「……どうしてそんなこと聞くの?」


「ちょっと、気になっただけです。」


「う〜ん。地球を滅亡させて欲しい、とかかな。」

そう冗談紛れに言ったアオイさんに、ミドリちゃんが笑った。


 どうやら、本当のことを教える気はないらしい。


 キノネも、無理に聞き出すつもりはなかった。ただ、もし知ることができたならラッキーぐらいで。


 だから、「そうですか。」と言って、キノネは笑った。


 そして、こっそりと忍ばせていた銃を、ぱっと上げて、瞬時にミドリちゃんの額に合わせ、引き金をひいた。


 パンッ、なんてもんじゃなく、キノネからすれば「ガンッ」だった。反動で銃が飛びかけるが、脊髄反射(比喩)できつく握り締め、近くの呆気に取られた顔のアオイさんの胸を撃ち抜いた。


 一瞬で、二人は死んだ。思ったより銃を使いこなせている自分に、驚いている。こんな簡単に、命が散ることに、頭がおかしくなりそうだった。


 あそこまで『だいじだいじ』にされてきた命は、こんなにも速く、消え去ってもいいのだろうか。漠然とした、疑問が浮かんだ。


 大丈夫なはずだった。人を殺すことに、躊躇がないはずだった。もう、既に死んでいるはずだった。


 なのに何故、私の手はこんなにも震えているのだろう。


 意味が分からなかった。


 理解できなかった。


 二人の父親を殺した時は、一種の清々しささえ感じていた。キノネはそんな自分に嫌気が差して、そのことを考えないようにしたけど。


 父親を殺した時の方が、人が死んだという感覚はリアルなはずだった。だって、ナイフで殺し合ったのだから。


 でも、今回の件は不意打ちだった。それが一番二人にとって良いだろうと思った故の行動であったけれど、半端ない不快感がキノネを襲った。


 だってあれは、一方的ではなかったか。


 少なくとも敵意を持っていない人に対して、私は。


 頭を抱えたキノネはしゃがみ込む。和解の道だって、ない訳じゃ、いや、ないけれど殺さず見て見ぬ振りをすれば。あるいは。


 結局は、結論の先延ばしでしかないけれど、でも他の方法もない訳じゃなかった。


 自分が納得できない言い訳を重ねたって、誰もいないのに弁解したって、いいことなんて一つもないと理解はしているけれど。


 でも、すっきり納得できるかと言われると、話はまた別だった。

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