第21話 綺麗な川
キノネが少女と会敵した時、ヒトハは川沿いをフラフラしていた。
山に迷った時は水の音を聞いて、その川を辿って降ればいいと聞いたことのあるヒトハ。それが危険だということは露知らず、彼女はその通りに山を降った。
しかし、運が良かったのか、迷わず山から脱出することができた。そこで、ヒトハはなんとなく喉の渇きを覚え、川の水を掬って飲み込んだのだが。
ヒトハは首を傾げた。
あまりにも、綺麗な川だった。
掬い上げた水は自身の手からこぼれ落ち、さらさらと流れていく。そこに、砂やゴミ、生き物はいなかった。新鮮な空気が、ヒトハの鼻を燻った。
おかしい。こんなことがあるはずがない。そう思って青い水面を覗き込めば、透き通ったそこに自分の顔が映り込んだ。そして、自分を見つめ返す。
なにやってんの?
そう言われた気分になったヒトハは、ひゅっと喉を鳴らした。なにやってんの?
黒い目が、自分を吸い込むような感覚にふらふらして、それでそこから目を離せなかった。逸らせなかった。
しっている。
自分が異常であることなど、知っていた。ふと、我に返った時に、焦燥と後悔の渦がヒトハを呑み込んで、そのままそこに溺れてしまいそうになる。
元々、ヒトハという少女はこんな感性がぶっ壊れたイカれ女ではなかった。実の親に捨てられたという恐怖心はあるも、それだけで、普通の少女だったのだ。
成人してからは、友達や恋人はできなかったが、いつも側にいるゲームが何よりの親友だった。仕事の合間にポチポチと携帯ゲームを弄ったり、休日はテレビに接続したゲームに一日中溺れたり。
メジャーなものからマニアックなものまでをやり尽くしたゲーム星人・ヒトハは、あまり有名ではない『新世界とのフレイド』もプレイしていた。
面白いゲームかと聞かれると、そうではなかった。RPGゲームにしては自由がなく、物足りない。絵はいいが、敵の種類が少ない。
正直、いろいろなゲームをし尽くしたヒトハには退屈だった。けれど、それでもエンディングまではプレイしようとしたのは、お金が勿体なかったからか、惰性からか。
しかし、その考えは覆された。
親に捨てられるという、少々特殊な環境で生きてきた彼女にとって、共感できるその感情。
誰もわかってくれなかったこのいたみを、ゲームだけが理解してくれた。下手な乙女ゲームよりも、そこには奥の深い世界観があった。
『新世界のフレイド』の本質は恋愛ではなく、あくまでもロールプレイングゲームなので、そういう恋愛的なものはない。
しかし、それでも良かった。いや、それで良かった。RPGゲームの醍醐味の、敵を倒していくことよりも、主要人物たちの過去の方が緻密で繊細に作られていた気がしないでもないが。
多分、RPGゲームではなく、恋愛ゲームやシミュレーションゲームにした方が売れたのではないかとも思うが。
それでも、それは私を救ってくれたのだ。
そんな、ズブズブとゲーム沼にハマり、抜け出せずダメ人間と化していた時だったと思う。「
神様のような顔をした男は、孤独だという悲しさや寂しさ、職場での悔しさ泣いているヒトハに、青く、綺麗なハンカチをさしだしたのだ。
耐えきれなくて、人の目がある道端で静かに涙を流すヒトハに、声をかける人間などいなかった。みんな忙しい現代日本人だし、そんな目に見える厄介事に首を突っ込もうとする希少種など滅多にいない。
え? あのヒトハが泣くのかだって?
確かに、戦場でのヒトハの言動は大胆不敵なものも多かったが、実は彼女はか弱い女の子なのだ。
恋の
本当は繊細な乙女のヒトハは、優しく綺麗な想騎にコロッと落ちた。恐るべしソウキ。ちなみに、青色のハンカチは柔軟性のいい香りがしたらしい。
それに、ヒトハは地味にショックを受けた。
「女子の私より高いその女子力なに???」
そんな感じだ。
しかし、イケメン俳優顔負けの圧倒的な顔面に殺られた……やられた女子はヒトハだけではない。ファンクラブまでもができるソウキだ。軒並みの精神力と顔面では勝利は掴めない。
そんなライバルが多過ぎる中、ヒトハがしたことは監禁である。少し仲の良くなった想騎を「助けてほしい」と言って自宅に招き、そこから空き部屋にて監禁した。
ヒトハを狂わせたのは想騎ともとれる。彼の責任にするつもりはないが、難しい話である。
余談だが、ヒトハはふと我に返っては、自分のした行動を思い返し、焦燥感と罪悪感で情緒不安定になり、それでもどうしようもなくて暴れることが多かったらしい。
想騎を傷付けたのは、行き過ぎた愛……というよりは、彼がここから逃げることへの恐怖心からだろう。
そして、想騎が自死した時に、ヒトハも死ぬと言う選択肢をとったのは、彼が死んでしまったから私も死ぬ、という愛故の自殺ではなかった。勿論、それも多少は含まれていたけれども。
もし、想騎を監禁していたこと、そして想騎がそのせいで自死したことが世間にバレた場合、その後のヒトハの人生はめちゃくちゃになる。
それは、嫌だった。
そして、そんな嫌な思いをするからいなら、いっそのこと死んでしまった方がマシさ。
そう、ヒトハは思ったのだ。
生憎、彼女が死んで悲しむ人はいなかった。困る人もいなかった。
その世界に、
もしかしたらそれが、彼女の自殺した正しい理由なのかもしれない。
ぴちょん
そんな鮮やかな水音がして、顔を斜め上に上げたヒトハの目に映ったのは、長い前髪をそのままにした、目が隠れている、臆病そうな男だった。
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